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2013年10月13日 (日)

追悼:沢 都の 「赤とんぼ」  (再掲)

赤とんぼ

 

        沢 都

意識はすでに、この世の人ではなくなっている義母の病室に義姉二人と私、そして義父が、ベッドの傍らに立っていた。義母の命を辛うじて繋いでいる酸素吸入と点滴を気遣いながら、義父が突然、五十数年前のことを話し始める。

「ばあさんと命からがら満洲から引き揚げて来た時、ワシらには何もなかった。蒲団ひとつ・・・何もなかった。」

石川県の山村に次男として生まれ、人生の大半を九州のこの地(管理人註・八女市)で過ごしてきた義父の語り口には、独特の癖がある。


「満洲でワシは、赤とんぼ(陸軍双発機)の整備をやっておった。日本に帰ってそれが役に立った。」 山間部の多いこの地で普及し始めた車のエンジン部分が、赤とんぼと同種であったという。「それで整備工場を始めたんですね。軍隊で習った技術が役に立ったんですね。」 誰もが初めて聞く話であった。義父が自ら、戦争当時の話をすることはめったにない。「誰からも習っとらん。そんなことは誰も教えてはくれんかった。ワシは学校も行っとらん。字もろくに読めん。けれどもなんとかやってこれた。町内会長も老人会の世話もした。息子三人、ばあさんとがんばって大学までやった。」

十七歳の少年が映像にある。少年は刃物を振り上げている。我が子も十七歳である。昭和の高度成長に私は生まれ育った。偏差値という言葉を耳にし始めたのは、いつの頃からだっただろうか。個性と多様性が謳われだした頃、私は親になる。個性という言葉が空回りし、本当のやさしさや真面目さが通じない世の中になったということに気づいた時、私のなかの昭和も遥か彼方のものになった。長かったあの時代が、いまだに未熟な親である私に問いかけながら、消えていく。

「ばあさん、がんばったな。」 無骨な義父が、薄くなった義母の髪にそっと触れた。半開きの義母の口が一瞬、少女のようにあどけなく見えた。義母は翌日この世を去り、義父は二度と赤とんぼのことを口にすることはなかった。

▼メモ

日本陸軍機 
立川九五式1型練習機  通称  赤とんぼ
 

http://karen.saiin.net/~buraha/K5Y&Ki9.html

http://www.aero.or.jp/web-koku-to-bunka/2007.8.15youseijo8.htm

連句誌れぎおん2000年夏30号より引用。

筆者:

沢 都

さわ みやこ。
本名、澤田都紀子(さわだ・ときこ)。
大分県臼杵市出身、八女市在住。
連句誌れぎおん同人、連句人、俳人。
連句会「亜の会」所属。
昭和33年1月17日~平成25年10月2日

http://tokowotome.cocolog-nifty.com/blog/2008/04/post_e6a3.html

2008年4月6日掲載したものを再掲。

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コメント

あまりプロフィールを晒しすぎるとよくないのではないでしょうか。。
掲載するにしても、なるべく了承を得た方が後々のトラブル回避になると思うのです。まだ亡くなられて日も浅いし、ご家族の気持ちを察していただきたく思います。

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