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2013年10月 6日 (日)

歌仙『海の底』の巻   捌・沢 都

亜の会歌仙

『海の底』の巻

  ー 天 真実句集『光』上梓祝筵ー

          捌・沢  都

海の底今なお呻くさとうきび       天 真実
  鳥の渡りへ響く鐘の音        沢  都
月まどかかすかに桔梗揺らぎいて   天野おとめ
  置き忘れたる友の自転車       姫野恭子
鍵かけぬ村の戸口のひろびろと    鍬塚聰子
  消し炭の香で朝をはじめる     貞永まこと

振りむけば雪より白き尾のありて   前田圭衛子
  境界線にあたる坂道         都
今宵逢う心ふたつが羽ばたきぬ    真実
  あやしきまでの水の色文字     恭子
純潔など今さらですとしづ子詠み    聰子
  麦藁帽の牧師先生          おとめ
百名山岸壁を噛む暑い月        まこと
  祝いの酒はゆるりゆるりと      小梅 わこ
審判にボークとられてしまうとは    恭子
  ワゴンに並ぶ経済効果        都
花万朶そのひとひらを受けし地球   聰子
  なむあみだぶつ蛙生まるる     おとめ

名残表

永き日になくしたはずの高音階     まこと
  芸亭(うんてい)という最古図書館  恭子
踏切のむこうは風が吹いている     都
  しずかなる時冬もきれいね     わこ
乾鮭を魔除けのごとく吊り下げて   おとめ
  いつも難癖つけてくる父       恭子
一目見て足裏(あうら)に走る微電流  まこと
  急流抜けて追いかけて来よ     圭衛子
さよならのかけらも全て埋めたる   おとめ
  世田谷公園猫のたまり場      聰子
月光に銀杏降る夜の更けてゆく    恭子
  そぞろに寒き網棚の下        都

名残裏

遠近の虫の声澄む旅の宿        聰子
  はじめて混ぜた絵の具いろいろ   わこ
仲買いは河岸をななめに飛ぶそうな  まこと
  浄き名水校庭に湧く          真実
さく花もちる花も花新世紀        おとめ
  夢の中まで駆ける春雷        執筆

文音

平成12年9月24日起首
同年11月15日満尾

▼留書

蛙生まるる

     文章・沢 都

沖縄のハイビスカスは泡になる
学校へ戻る日泣いたあまがえる
俺だって参加したいぜひな祭り
折鶴が羽ばたいて行く春の空
河童色子ども遊べり水溜まり

   天 真実(てんまこと)句集『光』より

「答えは探し求めるものではない。創り出すものだ。」
刺繍糸できっちりと綴じられたその句集を手にしたとき、あるジャズマンのそんな言葉が頭をよぎった。八女和紙を使った表紙を飾る写真もすべてが手作りである。
それは一見、経本のようにしずかに息づいていた。
作者の天真実と出会ったのは、彼がまだ十二歳の頃のことである。形のよい大きな頭に似合った丸い瞳を持つ少年は、ときどき突拍子もないことをやってしまう。周囲の大人達はそれに振り回され、母親であるおとめさんの胃は痛み続けてきた。騒動の結果として「真実」だけが浮き上がってくる。不思議なことにいつもそうであった。
常識という言葉に隠され、大人達がたやすく忘れてしまった「真実」を彼は何食わぬ顔でやってしまう。天真実にとって、それはただ当たり前のこと些細なことなのである。
無邪気にスイングしているかのように七十一の句が並ぶ。
虚栄も偽りもないからだろうか。句が軽やかに動きだす。
自分に向かうことが苦しくてたまらなかった私の目の前で、十八歳の彼はいとも簡単に自分の答えを創り出したのである。またもや私は、天真実にやられてしまった。
十八になった蛙はこの春、大海に乗り出す。大海を知って蛙は今度何に変身するのだろう。私などに予測ができるはずはないのである。

落雷や仏は驚く我走る      天 真実

連句誌「れぎおん」32号2001年1月発行より引用
編集発行・前田圭衛子(甲子園網引町在住時代)
表紙・墨作二郎
印刷・㈱アドバンス

▼かささぎメモ

かささぎはがさつな鳥で、まだだれにも沢都の訃報を知らせていない。
きっとあとで恨まれる、ほとけのみやこさんにも悪い。とは思うものの。
携帯なくすこといくたび、登録アドレスを消失、できなかったのである。

れぎおんの歌仙から作品をと押入れをあけると、これがちょうどいい具合に落ちてきた。

恭子さん、これを紹介してね。と言っているようで、迷わず転載を決めた。
まことくんが18歳とあるから、今から13年前の作品になる。

四日の葬儀では高倉優子(八女市児童相談室長、俳号・天野おとめ、天真実の母)が弔辞をあげてくれた。

ここでもかささぎは、お花も忘れておったし、かんじんの弔辞は、とうとうなんにもいえず。

ーあのときもそうだった。

ぼんぼり祭り連句興行を催したとき。

開催にこぎつけるまでの諸事。
終わってからの記録誌の編集発行(右カテゴリーにスイッチ)、気の回らぬかささぎを都さんとおとめさんが万事補ってくれたなあ。

司会・天野おとめ、開会のことば・天真実、神戸からみえた前田圭衛子先生が俳諧の連歌こと連句についての紹介をなさり、当時の野田国義八女市長が立派な祝辞をくださった。

晴れがましい、素晴らしい記憶!
みやこさん。
もう一度やりたかったよ。

おとめさんの弔辞はみごとで簡潔、こころによく響いた。
みやこさんではなく、さわちゃんと呼びかけていたなあ。
出会ったとき、みやこさんは都さんでなくおとめさんはまだおとめさんではなかったものね。
私たちは澤田さんを介して澤田さんちで出会った。
あの頃、こどものことでなやむ専業主婦であった。
大分の俳句誌「樹(たちき)」(瀧春樹主宰)で俳句を学び、神戸の前田先生の「れぎおん」で連句を学んでいた私は、彼女たちも引っ張り込んだ。連句は一人ではできないから。
俳号をつけたときのことを鮮明に覚えている。
沢都は、澤田都紀子の姓名から本人が一字ずつを採ったのだが、タカラヅカみたいな名だったねと顔をクシャクシャにして笑っていた。
天野おとめ天真実親子は浮世離れしている俳号だが、ほんとにピッタリなので、まこと、号は天があたえたもうものなのだ。
夏には合宿をしたり、家族ぐるみの俳諧であった。
おとめさんの弔辞をききながら、原点を思い出した。

おしまいがはじめに続く今朝の秋  沢 都

数珠玉や掌にある風の跡   澤田都紀子

▼さらにさらに追い書き

今朝の朝刊の読書欄に、川上昌裕という音楽家と全盲のピアニスト辻井伸行のものがたりを書いた「辻井伸行 奇跡の音色」(神原一光・著)という本の紹介があります。辻井伸行くんのすごさはテレビでスマップの中居くんなどの紹介でおおっ!とひれ伏すほどにわかりましたが、その影にこの人のちからがあったことは、はじめて知りました。

川上さんの言葉。

生徒の才能は、最初「何か変だな」と感じさせるものがほとんどだという。
(聞き手:西日本新聞土屋孝浩)

何か変だな。

そういえば。


天真実。
かれも何か変、どころか、うんと変でした。

この字は読めないはずなのに、なぜ読めるの?
というようなことが何度もあった。
知的障害者というけど、その頭のなかはものすごく精妙で、川上さん風にいえば、まだ伸びしろが大きくあるように思える。

みやこさんもとっていますが。

落雷や仏は驚く我走る      天 真実

これは、まことくんにしか書けない。
爆笑したあと、なんで笑うんだろう?と自問せねばおかなくなる句。
古きよき日本人の原型がある。
したり顔の批評をチャラにする一句。

 

 

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コメント

何度読み直しても、沢さん?ホントに?
久しぶりにかささぎさんを訪れたら・・・・

ちょっとおはなししたら全てをお任せしても大丈夫と思わせる、そして本当にそうでした、お人柄でした。九州俳句で作品を拝見して、喜んでいました。

また会えると安心していました。それなのに・・・
4年前連れあいの訃報を聞いた友人はこんなふうに思ったのでしょうね。

向こうで会いましょうね。連句巻きましょうね。

くわつかさん。
ありがとうございます。
連句の友達というのは、死んでしまっても、まだ生きているような気がするのはなぜでしょうね。
(それはほんとにまだいるからだとおもうんだけどね。ここに!)
その証拠に、今朝、びっくりした。れぎおんのこの号が一番上にあって、探そうとした手元に、というか足元に、落ちてきたから。
こういうことがありすぎる。

報せなきゃいけないひとたちの顔をおもいうかべながら、さて、どうやって。と思案してました。
ブログを見てくれるとは限らない。
手紙がいちばん確実なのですが、わたしはここ六年くらい、人様に便りを書けない病にかかっておりまして、治りそうにない。

この同じれぎおんの号に、座でまいたのもあって、前半が晴野みなとさん、後半には鮫島康子さんが客人として入ってくださったときの歌仙でした。鍬塚さんも入っておられました。なつかしいですね。古い歌仙のなつかしさ。
お元気だろうか。康子さんもみなとさんも。
このごろ、お見かけしなくなりました。
みなとさん、一度星野の池の山荘での合宿に参加くださいました。月の蝕、の発句を出されて、それで前田先生のさばきでまいた記憶があります。
そうそう、さきほどのご両人が参加された巻は、ボタンのあたり、というタイトルでした。
康子さんの恋句、

儀仗兵ボタンのあたりで恋をして  康子

これ、隔靴掻痒感のある、不思議なあじわいの句。
ベテランの康子さんだから書けた句。

俳人で、いつもつまんなさそうに俳句を書いている人、たとえば、姫野とかその典型ですが、そう言う人たちを連句に引きずり込んだら面白いと思います。(えーと、失礼ながら、くわつかさんもそのタイプに見えます)
なぜ俳句がつまんないかというと。
必然性がないからです。なにも。
でも、れんくには、前と前々句があって、打越のさわりをさけるために、必然性が芽生えます。だからきもちが起き上がるんだとおもいます。

さいごに。ご主人の後ろ姿をときどき思い出します。他人のわたしでさえ思い出すくらいだから、つまのくわさんはいかばかりかとお察しいたします。
あの日の葬儀が、わすれられません。

やっとたどりついた。
もう一度読み直したいと思っていた記事。
膨大な記事に埋もれて、あっと言う間に見失った。

なんど読んでもいい文章ね。
ほんと、都さんらしい。

≫踏切のむこうは風が吹いている

お浄土も、秋の風が吹いてくれてるだろうか。
都さんの「詠む意欲」をそそのかしてくれる風が。

さいごの座でのみやこさんの句の出し方、鬼気迫るものがありました。あの姿、忘れられませんね。。。

バーバリーといえば、思い出します。
貞永まことの葬儀でのあれはなんといいますか、喪主挨拶状についてくるやつ、が、バーバリーのハンカチーフだった。
まだ使っている。

ぼんぼり連句でみやこさんがさばいた席にまことさんがいて、内側からみやこさんを支えてくれてた。
まことさんは俳句が上手で、勉強熱心で。だけどさばきはしないよ、と言われた。
あっちの世界へはやばやと行ってしまったみやこさん。かささぎは嫉妬する!

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