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2013年9月21日 (土)

五條家御旗祭りに参加して~太郎良盛幸・文

五條家御旗祭りに参加して

    太郎良 盛幸
彼岸の中日、五條家御旗祭りが催されました。
例年であれば九月二十三日ですが、今年は彼岸の中日が二十二日になっていたので一日早いお祭りでした。
黒木町大渕にある五條家は、南北朝時代に後醍醐天皇より九州統一のため征西将軍ととして派遣された懐良親王の傅(もりやく)として生涯をささげた五條頼元卿の末裔の家柄です。
小生、ここ数年この催しに関心を覚え御旗祭りに参加しています。
御旗祭りでは、神事の後、剣持区の方々によって「こちの座敷は 祝いの座敷 鶴と亀との
舞い遊ぶ・・・」という哀調のある公家唄が唄われ、大渕小学校の児童による「五條頼元卿」という歌が披露されました。
公家唄は矢部村でも聞いたことはありましたが、小学生の歌には感動しました。
この歌が何時作詞作曲されたかはよく知りませんが、南北朝時代から六百年以上過ぎた今日、「延元元年  秋九月  比叡の仮の 宮居にて 受けし勅を 身にはしめ 宮を戴き 征西の 御戦扶け まつらむと 下るは 五條頼元卿・・・」というこの歌が小学校の児童によって歌い継がれていることに驚きました。
そして大渕地区の五條家宝物顕彰会の方々が、郷土の文化遺産を守るために地域を挙げて努力されていることがわかりました。
また、お祭りの行事とは別に少年剣道大会や揮毫会も催されています。
約二百人の参加で行われた御旗祭りの諸行事が終了すると、顕彰会の女性の方々による炊き出しが準備されている公民館へ案内されました。
そこには、おにぎり・漬け物・こんにゃくやぜんまいなどの山菜料理がふんだんに並べられていましたので、それらを美味しく頂戴しました。

言うまでもなく、八女地方には南北朝時代の文化遺産だけでも、筑後市尾島にある朝山小次郎(北朝九州探題今川了俊が滞陣した立花町谷川城、南朝方として戦った調一統河崎氏の居城山内の犬尾城、星野村の懐良親王の御墓、黒木氏の居城猫尾城、良成(よしなり)親王のお手植えと伝えられる黒木の大藤、矢部村の大杣御所など数多くあります。
南北朝時代以外では、岩戸山古墳を中心とする八女古墳群、矢部村の八女津媛神社、上陽町大伴部博麻呂の碑、八女地域に六十以上存在する眼鏡橋、福島白壁の町並みなど思いつくだけでも限りなくあります。
福島燈籠人形、田代風流などの無形文化財まで含めるとまさに文化財の宝庫です。
御旗祭りに参加して、改めて文化遺産の大切さを実感した次第です。
(八女市老連広報2013年版より転載)
▼かささぎのひとりごと
今朝、五條家のみはた祭りのご案内が八女市の防災ラジオから流れてきました。
これが載っていたのを思い出し、転載いたします。
この文章を書かれた先生は、南北朝の南朝についての著作がいくつもあります。
夏に幼馴染との食事会のあとで行った旧大内邸(立花町)にも置かれていて、呼びとめられた気がして、一冊求めたばかりでした。(まだ読んではいませんが。)
はい。わたしは南北朝の歴史に、まったく詳しくありません。
というか、かぎりなく無知です。
ではなぜ、黒木と星野の物語と名づけて、カテゴリーを設けているかといえば。
わからないうちに、組み込まれていた。運命がかささぎの旗を呼んだ。
どうもそんなかんじなのです。
始まりは行空の墓でした。黒木谷(星野村の入り口)の高野堂(こうやんどう)。
2009年。
ふっと気づけば、戦国百首の持ち主も亡くなられたという。
倉敷の中島道夫先生。ショックです。
十月十七日、中島内蔵助の命日に「毎年同じことをやることが追悼の意味」とおっしゃっていた、くらのすけ翁顕彰式典にはもうおいでにならないのですね。
この春、驚く程のアクセスがあっていたことの理由がわからなかった。
水神への接近。
先生はおいくつであられたのか。そのようなことも存じ上げぬままです。
二回、顕彰会にてお目にかかりましたことが、夢のように思い出される。
それでも、今にして思えば、直接、先生の口から、中島内蔵助さんのことや、百首和歌のことを聞けてよかった。ブログに紹介できてよかった。
八女天文百首和歌(戦国百首)と出会ったのは、ミレニアムを祝す岩戸山古墳の今伊勢宮での神事能、「翁」を奉納された2001年の元旦のことでした。これもふしぎといえば、ふしぎです。
考えてもわからぬことばかりではございますが。
いまここで、お悔やみを申し上げます。
中島道夫先生のご逝去を悼み、慎んでご冥福をお祈り申しあげます。
五條家の御旗祭りのよき日に、というより、お彼岸にこのような文章を書けたことも何かのご縁でありましょう。
合掌。

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決断の語源。

治水のため、堰を切ること。
犠牲を強いること。
決断を迫られるとき、
なにを犠牲にするのか、なにを捨てるのか、問われているのだ。

村上龍の文庫本、無趣味のすすめのなかの言葉。

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