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2013年8月25日 (日)

ふたつの高千穂と阿蘇・祖母・九重の矛先が指す宇佐

ふたつの高千穂

お盆に大分まで往復したとき、国道210号線の分岐点を間違えて、熊本・大分県道11号線=旧やまなみハイウェイ=を通り山鹿へ抜けていました。
父をおもい出しとっても懐かしかった。
やまなみハイウェイは昔、筑紫野のかささぎロードと同じように有料道路でした。
小学生のころ、はじめて買った車で家族四人ここへ来たのを覚えています。

この弊立宮の位置図が、木箱のなかから家系図とともに出てきました。
夫の家は宇佐から出ていまして、古い記録では横光利一の父方の赤尾家とも関係があるようだ。
宇佐今仁文書の写が何枚もあったので、それを見ています。

古い家だったのだろう。藤原氏へつながる。
もっとも、たいがいの家が藤原氏へつながります。

自分でも妙なえにしを感じて、というのは調べていた石橋秀野の俳句の師の一人に、横光利一がいるからです。
戦火を逃れて東京をあとにする日、安見子をおぶった秀野と健吉一家は、利一を訪ね、おわかれの挨拶をする。そのとき、横光利一は奥に引っ込むと、なかなか出てこなかった。
やがて

花虻の蜜つけて飛ぶ霽れ間かな   利一

の句と漢詩をしたためた色紙を渡し、訣れたという。
http://tokowotome.cocolog-nifty.com/blog/2010/09/post-becb.html

折に触れ思い出すたびやはりすごい句です。
空襲をかいくぐり疎開する愛弟子へおくる詩。

今仁文書で検索しますと、こういうのが出ました。
http://www.e-obs.com/heo/heodata/n615.htm
三光村がでてきます。かつての下毛郡。
おお。樹(たちき)主宰瀧春樹先生のいらっしゃる地。

写真と石橋秀野とは、何の関係もないのです。
ただ、わたしはエメさんのブログでもみたこの九州のへそ、弊立宮の記事と、阿蘇の矢部、(ヤハウエともいわれる)、蘇陽町、五色人祭、あるいは八代亜紀の風貌やエメさんの風貌、秀野のroman nose(ローマ人の鼻)といわれた風貌・・・そんなこんなを思っていると、みな、ずずずいっと、つながってくる気がするのでありました。

▼青翠エメさんのブログから弊立宮での写真と記事ご紹介

http://hatue62.seesaa.net/article/356251487.html

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コメント

4月20日前後の①、②でUPしています。
この図は昔のものですか? 剣の形をしていますね。 
剣心の位置を初めて知りました。

えめさん、すみませんが、写真を幾枚か拝借させてくださいね。

>今は山都町です。 矢部町と蘇陽町が合併しました。

以前、高千穂神社へいったときに、山都町という熊本と大分の堺の地を通りました。さんと?いやヤマトだ。と漠然とおもいながら。
あの近くだったということになりますね。

位置図はどの本からの引用か、ちょっと私にはわかりません。
古いように思えるけれど、それは旧漢字や旧仮名だからかもしれず。
あの神社自体の古さは一万五千年と書いてある記事もありましたが、しかし一方では、1995年、だったかな、それまではオモテには出てこない神社だったみたいですね。
なぜヤマトという地名にしたのかも含め、うたまるさんが今年書かれていた、邪馬台国は宇佐説や、横光利一が思っていた古神道への想いなど、幾つもが重なりあってザワザワします。いずれにしても、精神世界では有名な神社ですね。

ここ、

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