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2013年8月15日 (木)

随想・風媒花(20) 寺尾敏子 「俳句と私」

俳句と私

  寺尾敏子(熊本)

田原坂いっしょうけんめい桜散る   宮部鱒太

この句に強い感動と衝撃を受けた私。俳句
の大きさ深さ強さを感じて「断じて俳句を!!
いっしょうけんめい俳句を!!」と志を立てた。
私は六十才になっていた。

九州山脈の谷間の小さい町に生れた私は小
学校を終えて熊本第一高女に。汽車で二時間
のため寄宿舎に。折に触れては家族が恋しい。
御飯の時の祖父母、父母、弟。祖父は「何でも
五七五で言ってごらん面白いよ、
泣き乍ら
良い方を取る形見分け」
と言って皆を笑わせ
た。母の三味線の爪弾きで端唄の「春雨に
しっぽり濡るるうぐいすの」を唄う父。「おじい
ちゃん出来たよ。おすもうのおなかはとても
大きいな」と言って皆からほめられた弟のこと。
懐かしい情景と一緒に五七五のリズムが私の
中でいい音をたてていた。

医師になりたい私はいっしょうけんめい勉強。
大阪女子医専に。戦時中で空腹だったろうに
親友と二人で淀川の土手で花を摘んだり、川
に入ってハンカチで魚を追ったり。戦争が終り
新しい学年の担任が精神科の平畑先生。何と
平畑静塔!!お友達の橋本多佳子、西東三
鬼氏等も校内の句会に出席されるとか。おお
五七五だ!!と句会を見学させて頂いた。どの
句もむつかしく中村汀女のようなのが無い。
でも雰囲気はとても好きで、私は専ら句会の接待
係り食料調達に熱を上げた。私の句は評価され
なかったが、卒業の私への寄せ書きの色紙に
「私が二まわり若ければこの良妻候補にプロ
ポーズする 静塔」と記されていた。

 

卒業の眉目と雪の印象と    静塔
卒業の髪にふれしを夢とせむ   静塔
血をたらすイエスの前に卒業す  静塔
卒業の髪とかしつゝ恋ひ初む   三鬼
卒業や春雪すでに泥と化し    三鬼
阿蘇より来て卒業式の母つつまし   静塔

卒業。インターンは国立熊本病院。熊大耳鼻
咽喉科に入局。診断診療手術を。結婚。夫と
一生懸命に診療の日々。専門医とかかりつけ医
の両面を怠りなく続けていた。

外科医の須古白塔子氏の「花見の吟行句会
のため田原坂に席を作ってほしい」の電話で
田原坂公園に早朝場所取りに行き、その句会
に同席させて頂いた。その時出会ったのが、
冒頭の句。

宮部鱒太師の「夜行」句会は楽しかった。
句友は多士済々。毎句会、佳い句に出会って、
私は感動しっぱなし。
鱒太師の”具象にして心象を”とか”俳句
は不要な贅肉をどんどん削り落とし想いを一点
に凝縮しようとする省略の文学だ”の教えは
今も私の中に鳴り響いている。
高岡修氏の六月の講演「俳句 その強靭なる詩」
が楽しみ。私、俳句大好き!!

「九州俳句」171号(平成25年8月15日発行)より転載

 

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