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2013年7月13日 (土)

1984・「ファンファーレと熱狂」より   andymori


1984年生まれ。
小山田壮平はかささぎの長男とおなじ年だったのか。
とても胸に響くなあ。歌詞、生きてる。

 ファンファーレと熱狂
 赤い太陽 五時のサイレン
 六時の一番星

じっさいに演奏して歌っている動画は、☟で見れます。
http://82536468.at.webry.info/201111/article_6.html

ネットに興味深いインタビューがあるので、引用します。失礼ながら。
http://www.cdjournal.com/main/cdjpush/andymori/1000000401
(以下の文章は、☝から)

つんのめったグルーヴと妄想めいた言葉で白昼夢のような音世界を生む3ピース・バンド、andymori。彼らの2ndアルバム『ファンファーレと熱狂』には、20代半ばの若者たちの混乱と怒り、諦めと希望、毒と笑いがカオスのように渦巻いている。闇雲なパワーで停滞した時代の空気をかきまわす新作について、ソングライターの小山田壮平(vo、g)に話を訊いた。

 

『ファンファーレと熱狂』

――アルバム名の『ファンファーレと熱狂』は、1曲目の「1984」で歌われるフレーズですが、これは小山田さんの生まれた年ですよね。

小山田壮平(以下、同) 「そうです。この曲を作ったときは、自分の世代観について考えてたんです。オレはこうして25歳になるまで生きてきたけど、なんで生きてるんだろうって考えたときに、その理由を歌にしようと思って」

――その理由というのは?

 「“ファンファーレと熱狂 赤い太陽 5時のサイレン 6時の一番星”。そういうファンタジーでニセモノな、諦めも含めたエネルギーがあるなって。夕暮れどきってじつは子供が一番元気な時間だと思うんです。“5時だからもう帰りなさい”って言われる直前って、すごい勢いでブランコ漕いだり、鬼ごっこの鬼で終わりたくないから必死で追いかけたり、今思うとものすごいパワーがあった(笑)」

――確かに(笑)。「なんで5時で終わっちゃうんだ」って思いつつ。

 「その5時っていう門限も、オレたちの世代では“絶対こうしろ”って言い切る大人がいなかったから、帰らなきゃいけない理由がいまいちわからなかった。かといって門限を破る意味も動機もないから、“なんだよ!”って思いながら半笑いで家に帰るみたいな……そういう暮らしが当時、日本中にあったんじゃないかなと思う」

――そういう世代だった自分を再確認したということですか?

 「いや、あの頃を単純に祝福したかったんです。よくわからなかったけど、いろんな景色がいっぱいあったね、きれいだったねって。やっぱり夕暮れになると子供ながらにノスタルジーを感じてたし、当時は今よりもっと敏感で、もっと美しい5時の景色を見てたかもしれない」

――ああ……。私はこのアルバムを聴いてると、ちょっと怖くなるんです。そういう過去の景色や妄想と現実が混じっていく感じがして。

 「うん、もともとオレの中では虚構も現実もあんまり線引きがなくて。なんとなく全部がウソのような気がするっていう感覚が、曲作りの出発点なんです」

――その感覚って、ずっと自分の中にあるものですか?

 「うん……成長するにしたがって強くなってる気がする。たとえば誰かと話をして、バイバイを言って、家に帰る。そういう毎日を繰り返してるうちに、人が死んだりする。そうしたら“あの人、オレにこんなこと言ってたのにもういないんだな”って……これは一体どういうことなんだろうって、不思議に思うんですよね。小さい頃は自分の生きる世界を疑う余地がないから安心だったのに」

――ああ、そういう混乱は私にもあります。他人と自分の見てる世界はすごくズレてるんじゃないか、とか。

 「見てる世界はひとりひとり違うから、すごく孤独だけど、逆にワクワクもするんですよね。自分の世界では自分が王様だから(笑)。そう考えると多少の息苦しさから解放されるのかな」

――そういう混乱とか息苦しさって、なにから生まれてくるんでしょう。

 「うーん、なんなんですかね。いろんなことが納得いかなかったんだろうな。たとえばテレビのバラエティを観てても、こんなに楽しい番組を、どこかで孤独死しそうなおばあちゃんも同じように観てるのかなって思ったり……。そういう違和感がずっと引っかかってるんですよね。自分は大丈夫だっていう大多数側の空気に乗っかること自体が罪のような気がして……。かといって自分がそんなに正しいとは思えないし……。ある意味で自分はぜったい正しいけど、全部ウソの可能性もあるなあって」

――その感覚は「クレイジークレイマー」という曲でも歌われていますね。

 「ああ、これは友達のために作った曲です。でもそいつ、死んじゃったんですよ」

――えっ。

 「もともと鬱っぽかったんだけど、薬を飲み過ぎちゃって……。とにかく変わったヤツで、歌詞に出てくる“ひまわり畑”っていうのは、そいつの部屋のことなんです。部屋にタワーレコードの袋を敷きつめて、それ以外は布団しかないっていう、めちゃくちゃ混乱した生活してたから。その友達は今回、曲間でセリフを入れてくれたし、アルバムのジャケットにも顔が写ってるから、発売日を一緒に楽しみにしてたんだけど」

――この曲は、おまえが間違ってても、オレがおまえを全肯定してやるっていう歌ですよね。

 「そう。自分も含めて、苦しんでるマイノリティの人たちのために歌ってたんです。ヤケクソな感じで、ある意味ジョークでもあった。でも今は、あいつのためだけに歌ってる……。なんかそういう予感もあったから、作ったのかな」

――そのヤケクソな感じは、最後の「グロリアス軽トラ」にもありますね。なんとかなるのかどうかもわからないけど、とりあえずどっか行こうぜっていう。

 「この曲は、バカだけどがんばろうっていう歌(笑)。仕方がないから、軽トラックも“栄光の軽トラ”って呼ぼうって。ノーテンキでいいですよね」

――ちょっと笑えるし、どうしようもねーっていう逆ギレ感もある。

 「そうですね、意味もなく逆ギレしてるんですよね。混乱してるし、怒ってるんだろうな。それを音楽にして、吐き出してるんだと思います」

取材・文/廿楽玲子(2010年1月)

 
☆鵲の一人ごと
1984年というジョージオーウエルの有名な小説があります。
短大時代、時事英語の佐藤先生が教えてくださったのが最初。
三十五年程前に「日本の自殺」という本の中でも取り上げられていた・・・。
・・・いろいろと思い出すことばかり。

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フアンフアーレと熱狂 点滴と排泄


早く治ってね

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