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2013年6月25日 (火)

「石激」の訓についての「文学」誌、大谷雅夫の論とかささぎの素朴な質問

(きのうのつづきです。文章は大谷雅夫氏のものです。)

 

その「石激」の訓について、本年1月刊の新たな岩波文庫『万葉集』(1)の解説「万葉集を読むために」の拙文で、およそ次のように説いた。

 

「石激」の「激」の文字は、平安時代以降の古字書にも仏典や漢籍の訓点資料においても「そそく」の訓の付けられる例が多く、「はしる」は見られない。漢語「激」と和語「そそく」との結びつきは強く、万葉人の愛読書であった漢文小説『遊仙窟』の「激石鳴泉」という句も「石に激(そそ)く鳴る泉あり」と訓まれていたと考えられる。志貴皇子の歌の初句を「石激」と表記した者は、当然それが「いはそそく」と訓まれることを期待したであろう。また、「激」は水流が障碍にぶつかって急になることを言う文字である。水が石の上に落ちかかることを言う「いはそそく」を「石激」という漢字二字で表記するのも自然なことであろう。

志貴皇子の歌を、真淵以前の旧訓に復して「石そそき垂水の上のさわらびの」と訓むことを提唱したのである。
しかし、その解説においては、それに関連して、万葉集の他の三箇所にみえる「激」の文字をどう訓むかという問題に、触れるべくしてそのいとまをもたなかった。以下、主に巻七・1141、「摂津作」と題する作者未詳歌の例をとりあげて、その補説としたい。

武庫川の水脈(みを)を早みと赤駒の「足何久激」濡れにけるかも

武庫川の深みの流れがあまりに急なので、赤駒が足をもがき動かすその水しぶきで衣が濡れてしまった、という歌意が読みとられるだろう。原文の表記で示した第四句の「足何久」は「あがく」。問題は「激」をどう訓むかである。
その「激」は、平安時代以来の万葉集諸本のすべてにおいて「そそき(に)」と訓まれていたものである。ところが、江戸時代後期の鹿持雅澄『万葉集古義』が「足何久激は、アガクタギチニと訓べし、(激をソソギと訓は、大(いみ)じき非なり、九ノ巻に、河瀬激乎見者(カハノセノタギツヲミレバ)、ともあり)」と説いて、それ以来、「たぎち(に)」がすべての万葉集注釈書のとる決定訓となった。

しかし、その改訓は果して正しかっただろうか。巻九の例(1685)は後に触れよう。問題は、「激」が「たぎち」と訓みうるか否かである。
そう訓みとることをためらわせる第一の理由は、古字書や漢文訓点資料のなかに、漢字「激」に和訓「たぎつ(ち)」をあてる例がまったく存在しないことである。今日の国語辞書は、「たぎつ(ち)」には「激」の文字をあてることが普通であろう。しかし、古くはその例がない。

動詞「たぎつ」は、「たき」「たぎる」などと同源の語とされる(角川古語大辞典など)。古代語の「たき」は瀑布ではなく、急流のこと。「たぎつ」とは早瀬の水が勢いよくたぎり流れることを言う。

「たぎつ」(あるいは「たきつ」とも)は万葉集に三十例近く見られる言葉であり、多藝津(たぎつ)・多藝都(たぎつ)・多企都(たきつ)・田寸津(たきつ)など、一字一音の音仮名で表記される場合が多く、「当」の文字をタギの二音の仮名とした当都(たぎつ)。そして滝津(たきつ)などの表記もある。しかし、その動詞を一字の正訓・義訓で示すことは「落沸(オチタギツ)」(2089)の一例をのぞいてはない。『類聚名義抄』に「沸(タギル)」とある。その「沸」は「たぎつ」の表記として読み手の理解を得られやすい文字であろう。しかし、万葉集当時の読者には、漢字「激」から和語「たぎつ」への連想の糸はつながっていなかった。そのような形跡は見られない。

そもそも、一つの和語に、その意味に対応する漢語が必ずあるわけではない。漢語には置き換えられない和語がある。たとえば、「朝なぎ」「夕なぎ」の「なぎ」がそうである。万葉集中に二十九例も見られるその和語は、奈藝(なぎ)・菜寸(なぎ)・薙(なぎ)などの万葉仮名で示されて、その意味に相当する漢字で示される例はない。「なぎ」の意に当たる漢語が求めにくいからであろう。「凪」は後に日本で作られたいわゆる国字である。同様に「しぐれ」は四具礼(しぐれ)・為暮(しぐれ)・鐘礼(しぐれ)などと表記され、「なつかし」も「わぶ」も、すべて仮名表記される言葉である。「たぎつ」もまた、それらに似て、同意の漢語の見いだしにくい和語であろう。それゆえに「沸」の一例をのぞき、漢字の意による表記がなかったのではあるまいか。

「たぎち」の訓には、もうひとつ、歌意にかかわる難点がある。この歌の作者は、言うまでもなく、騎馬して川を渡っているのである。作者の衣を濡らすのは、当然、馬のあがきの跳ね上げるしぶきであり、川の急流そのものではない。しかしながら、「たぎつ」とは、例えば、「雨降ればたきつ(滝津)山川(やまがは)」(2308)のように、川の水がはげしく流れることを言う動詞である。しぶきを散らす意ではない。もちろん、急流からしぶきがあがるのは当然の現象ではあるが、「はげしく流れる」という意の動詞に「しぶきを散らす」という意味が含まれるわけではない。その名詞形の「たぎち」も「急流」の意であって、「しぶき」ではない。もしもこの「激」を「たぎち」と訓むなら、それを「しぶき」と無理に意訳しなければ歌意が通じないのである。

「足何久激」の「激」は、古義以前の「そそきに」に戻して訓むべきであろう。
漢字「激」の代表的な和訓が「そそく」であることは繰り返すまでもない。『日本書紀』の一書(第八)には「伊
弉諾尊(いざなぎのみこと)、軻遇突智命(かぐつちのみこと)を斬りて、五段(いつきだ)に為す。・・・・・是(こ)の時に、斬る血激灑(そそ)きて、石礫(いしむら)・樹草に染る。」とある。その「激灑」という漢語が「そそきて」という訓で古くから訓まれてきたように、「そそく」とはしぶきが散って降りかかることである。その名詞形「そそき」とは、しぶきそのものを言う。「赤駒のあがくそそきに濡れにけるかも」。馬が蹴たてるその水しぶきで馬上の衣がすっかり濡れてしまったと、歌意は無理なくとらえられるのである。

巻九の1685は「泉河の辺にして間人宿禰の作りし歌二首」の第一である。

川の瀬の「激」見れば玉かも散り乱れたる川の常かも

この「激」は諸本で「うづまく」とか「たぎる(を)」とか訓まれてきたものであるが、先の万葉集古義が「たぎつ(を)」と改め、今日では「たぎち(を)」と名詞形で訓読することが一般である。しかし、この訓についても先の「あがくたぎちに」と同じ疑問がある。繰り返すまでもなく、「激」字を「たぎち」と訓む例がないこと、急流の意の「たぎち」を「しぶき」と意訳せざるを得ないことの二点である。ここでも「激」を「そそき(を)」と訓み改めるなら、川の瀬のしぶきがあたかも玉を散らしたように見えるという表現に、何の問題もなく理解できるであろう。

あと一例の「激」字は巻一の長歌の結びに見える。「この川の絶ゆることなく、この山のいや高知らす、「水激」滝の都は、見れど飽かぬかも」(36)。諸本の原文に異同があり、訓読にも、句の切りかたにすら諸説のあった難訓の部分ではあるが、今日では原文を「水激」とし、「水(みな)そそく」と訓むところに落ち着いている。今は詳説する紙幅をもたないが、本文校訂の上でも、また「激」の字の訓み方の上でも妥当な訓詁と見られる。

万葉集では、一つの漢字がいつも同じ和語で訓まれるわけではない。しかし、こと「激」字に関しては、その四例ともに「そそく」「そそき」の訓が当たるのである。

「いはばしるたるみのうへのさわらびの」とは、賀茂真淵のあまりにも美しい改作の歌であった。それはたちまちのうちに多くの人々に愛される名歌となった。しかし、「いはそそく」もまた、それまで年久しく伝えられてきた歌のかたちであった。「いはそそくたるひ(氷)の上の」(和漢朗詠集・早春)と、明らかに誤った歌詞でも愛誦された歌であった。

名歌とは、たえず読みを更新されながら、人々の心の中に生きつづけるものであろう。

ー『文学』5、6月号より引用ー

▼かささぎの感じたこと・・・

そうまでして快作した賀茂真淵には、何の根拠かあったのだろうか。
それがとても知りたい。
というのも、司馬遼太郎とおなじく、いはそそくよりはいはばしるの方が調子よくこころにうち響くので、影が濃いと思えるからである。

もう一点。
日本書紀の第八、「伊弉諾尊(いざなぎのみこと)、軻遇突智命(かぐつちのみこと)を斬りて、五段(いつきだ)に為す。是の時に、斬る血激灑きて、石礫(いしむら)・樹草(きくさ)に染(そま)る。」という引用をなされているが、ネットでザザっとググって出てきたのは、五段ではなく、三段(みきだ)だったこと。どっちが正しい。そして、その意味は。

・・・なんてことを思ったのだが、それを知りたきゃ、自分で調べな。
ははあっ。すみません。

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コメント

大分の地名考

1554(天文23)年、府内(大分市)のイエズス会士であるアントニオ(のちにルカス)が朽網(くたみ;久住山の東側一帯)で布教を始めたのだそうです。
府内から朽網に至るルートは険しく、後に肥後街道となる七瀬川沿いの、木ノ上、廻栖野(めぐすの)、今市を経て北上するルートだったようです。
ザビエル師が豊後にキリスト教を伝えたのは1551(天文20)年ですので、天文20~23年のいずれかの年に「廻栖野」にどしどし分け入って来たことになります。
廻栖野、めぐすの、めぐるすの、くるすの・・・
わかなゆへとしとし分てくるす野に
おほくのはるを我もつミけり(鑑秀)


借りてきた本のなかに
「ザビエルの見た大分  豊後国際交流史」
加藤知宏、があります。ほかに、
「増訂 豊後大友氏の研究」
渡辺澄夫
「九州中世社会の研究」
渡辺澄夫先生古希記念事業会編

あと、けりを調べたかったので、
「語形対照 古典日本語の時間表現」
鈴木泰

なだいなだのこないだの本を入れて五冊。
これらはぜんぶ開架の最前列にありました。
いちばん読みやすかったなだいなだの本はすぐ読めましたが、残るもののうち、さほど固くなさそうな、写真挿絵つきの、ザビエルのみた大分、から読みます。
いま、乙四郎先生が書かれたあたりのことを、どう書かれているか引用してみます。

天文12年1543年、秋8月25日(旧暦=『鉄炮記』)、嵐に押し流されたジャンク船がポルトガル人数名(二名または三名?)を乗せて、種子島南端の西村(にしのむら)に漂着した。

〈わからない言葉、ジャンク船。鉄炮記は、いつか呂伊利先生がコメント欄で何かの折に書かれていたっけ。てっぽうのぽうが火偏だったんで目立った。〉

天文二十年1551秋、豊後府内沖の浜港を去ったフランシスコ・ザビエルがゴアから引き返して中国伝導の大志を果たさぬまま亡くなったのが上川島であり、イエズス会東インド管区長ベルシオール・ヌーネスが豊後府内沖の浜港を目指して出帆する前、ゴアの同僚あて書簡を書いたのが、1555年のマカオからであった。

これ、まえがきのさいご。

上川島ってどこにあるんだろうね。
川中島の近くか。まさかねー。
ぼちぼちよみまひょな。

それ、めぐるすの、ってのは、クルス野をめぐるんじゃないの。

大谷雅夫

検索11位

これを今よみました。
工場の雑然とした風景の中、こころにしみたぜ。
おらも孫さできたら、百人一首、そらでいえるごと頑張ろう。孫が、じやなくておらが。

検索サイト Yahoo  検索ワード 大谷雅夫

2位

そういや、激流、おわっちゃいましたねえ。
賀来千香子の悪役ぶりもよかったし、クローズのころからファンの桐谷健太もよかった。もひとりの男優さんは田中ちゃんに圧されぎみでしたよ。彼女、きれいになりましたね。グレイの主題歌、最高。

かささぎ、ふと、しゅららぼんが気になり、あちこちめくっておったら、近江にかかる枕詞の石走るにたどりつき、その縁でここへでました。
これ、知れば知るほど混沌となってくる。

原文ってどれがほんとうなん。

この本文の文章は、☟の文章のつづきです。
偉い学者さんの論文の写し。

石激 垂見之上乃左和良妣乃 毛要出春尓 成来鴨


 「石激」―

 この用字を目にしたとき、この歌を単なる春の喜びを歌った歌として片付けてしまうことに物足りなさを感じた。「激」の字が示すように、何か、とても激しい熱情のようなものを感じたからである。(ブログ『歴史の迷い道』からの引用)

まだ考えているのですが。
なぜこの万葉集の歌のオリジナルのよみ、「いはそそぐ」を、賀茂真淵は「いはばしる」と変えたのか。
その理由も、上記のお方の感想と重なるからだろう。激しいという字は強烈すぎて、そそぐではおとなしい気がするからだ。
しかし、大谷雅夫氏の論にある、用字の出典には
>「漢字「激」の代表的な和訓が「そそく」であることは繰り返すまでもない。『日本書紀』の一書(第八)には「伊弉諾尊(いざなぎのみこと)、軻遇突智命(かぐつちのみこと)を斬りて、五段(いつきだ)に為す。・・・・・是(こ)の時に、斬る血激灑(そそ)きて、石礫(いしむら)・樹草に染る。」とある。その「激灑」という漢語が「そそきて」という訓で古くから訓まれてきたように、「そそく」とはしぶきが散って降りかかることである。その名詞形「そそき」とは、しぶきそのものを言う。(引用終わり)

というのをよめば、勝手に原典を改作するという行為は、決して許されることではないようにおもえる。
改作された歌がどんなによくても。
これは古典にむかうときの態度に関することなんでしょうね。

このおかたのこの文章。☟

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