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2013年6月12日 (水)

なだいなだ氏追悼

保健医療経営大学学長

橋爪 章
2013 年 6 月 12 日 なだいなだ氏からの手紙
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精神科医であり作家でもあられた氏の訃報に接し、35年前の氏とのやり取りを思い出しました。
手元に1978年3月8日の消印の、なだいなだ氏からいただいた自筆の手紙があります。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
前略
七月頃外国に旅行する予定でおりますので
ご希望にはそいかねます
ご勘弁下さい。
本を読んでいてくれるというお話ですが、
最近「帽子を・・・」という短編集を
毎日新聞社より出しましたので
読んでおいて下さい。
これは、古い、僕にとっては最初の小説集で
絶版になっていたものです。

三月八日           なだ
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
当時、私は精神科医を志す医学生であり、作家への夢も抱く文芸部員でもありましたので、なだいなだ氏や北杜夫氏に、自分の将来イメージを投影していました。
上記は、両氏へ、ファンレターも兼ね、大学祭の講演企画の演者を引き受けていただけるか否かの打診をした際の返事です。
北杜夫氏からは『コーエンのたぐいは生理的に苦手で母校のものもお断りしています。あしからず御了承下さい 北杜夫』と、ユーモラスな幽霊のイラストを添えた自筆の返事をいただきました。
北杜夫氏からは取り付く島もない返事で講演依頼を諦めざるを得なかったのですが、なだいなだ氏からのものは日程を理由としたものでしたので、『帽子を・・・』の読後感想文を添えて、次年度の講演依頼をアタックしました。
結果、次年度には快く引き受けていただき、しかも謝金を受け取られませんでした。
その代わり、講演の機会にフランス出身の奥様と同伴で山口旅行を楽しんでいただき、お土産の萩焼は受け取っていただきました。
10年ほど前、氏は『老人党宣言』を出版されるとともに、ヴァーチャル政党「老人党」を立ち上げられました。
老人党のサイトには『「長生きしてよかった」という社会を築くために』がスローガンとして掲げてあります。
よりよい社会を築こうとする人々の精神的支柱であり続けられたこと、敬服いたします。
氏の遺志を継がさせていただきたく思います。
ご冥福をお祈り申し上げます。

(保健医療経営大学学長ブログ転載)

▼鵲の一人ごと

へえー。
ということは。
一昨年の北杜夫氏ご逝去の折の思い出とつながっているのですね。

探してみます。

ありました。

北杜夫追悼コメント集:2011年10月28日
http://tokowotome.cocolog-nifty.com/blog/2011/10/post-c237.html

最後になりましたが、なだいなだ先生のご冥福をお祈り申し上げます。
合掌

朝日新聞の追悼記事を引用しておきます。



作家・精神科医のなだいなださん死去 「権威と権力」

朝日新聞デジタル 6月9日(日)14時4分配信

作家・精神科医のなだいなださん死去 「権威と権力」

精神科医で作家のなだいなださん

 小説、評論、エッセーなど幅広い文筆活動で知られた作家・精神科医のなだいなだ(本名・堀内秀=ほりうち・しげる)さんが死去したことが、9日分かった。83歳だった。

 慶応大医学部卒。フランス留学後、精神科医としてアルコール依存症の治療などに取り組むかたわら、同人誌「文芸首都」に参加。スペイン語で「何もなくて何もない」を意味するペンネームで、文筆活動を続けた。

 小説に「帽子を…」「影の部分」「れとると」など。「海」などで6度、芥川賞候補になった。温かみのある筆致、ユニークな発想の文明批評でも人気を博し、娘にあてて書かれたエッセー「パパのおくりもの」や、ロングセラーの「権威と権力」、「人間、この非人間的なもの」など多数の著作がある。1970年「お医者さん」で毎日出版文化賞受賞。

 晩年は神奈川県鎌倉市で執筆活動に専念する一方、2003年にインターネット上の仮想政党「老人党」を立ち上げ、ホームページで弱者が暮らしやすい社会づくりや平和を訴えた。

 本人のブログによるとがんで闘病中で、5月末には「がんとの付き合いで、なんとか頑張っていますが、白状すると、ちょっときつい」と記していた。

     ◇

 〈作家で精神科医の加賀乙彦さんの話〉 昨夏に軽井沢の高原文庫で開いた北杜夫展に参加してもらったのが最後になりました。いつもとちっとも変わらず、ユーモラスだった。なだと僕は同い年生まれで、境遇も似ていて、何かあれば電話をかけあっていました。「パパのおくりもの」以降の彼のエッセーはすばらしかった。鋭い社会批評で、時代時代の一番の欠点をついていた。晩年に彼がつくった「老人党」には僕も引き込まれて。なだのエッセーを集めれば、それがそのまま時代史になるという気がします。

朝日新聞社

最終更新:6月9日(日)17時36分

朝日新聞デジタル

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コメント

なだいなだ

検索50位。

上位の記事、以下引用。

今月六日に八十三歳で亡くなった作家で精神科医のなだいなだ(本名・堀内秀(しげる))さんは、死の間際まで社会にメッセージを発し続けた。なださんが立ち上げた老人党の仲間で元雑誌編集者の加藤珠子さん(65)の手元には、最後となった一日の講演録が残っている。死の間際までブログの更新も続けた。どちらでも訴えたのは、極端に走らず平和を求める「常識」の重要性だった。 (飯田孝幸)
 「常識とは何か、深く考えた人はいますか」。なださんは一日、日仏会館(東京都渋谷区)に、ピンクのワイシャツにグレーのベストを着て現れ、こだわり続けた「常識」をテーマに、医師らを前に約一時間講演した。
 アインシュタイン、カント、孔子らの考えを紹介しながら、常識について論考しつつ、やさしい言葉でまとめる。「中国、韓国でもジョウシキで通じる常識は一つの哲学。『そう極端なことはやりなさんな、常識的にやりなさい。常識があればみんな平和を求めます』。これは説得力のある言葉だと思う」
 加藤さんは「少し疲れた感じだったが、ずっとニコニコして講演を楽しんでいた」。なださんと三十年近く付き合ったが、声を荒らげるところを一度も見たことがないという。「いつも柔らかく、温かで、ユーモアがあった」と振り返る。
 しかし、権力に対しては厳しかった。ホームページ(HP)「なだいなだのサロン」のコラムでは、庶民の目線でアベノミクスを痛烈に批判。「一番もうけたのが相場師や投機家で、損をしたのが、これから円安のつけを、諸物価値上げの形で、払わせられる日本の庶民」(五月二十八日)。講演の中でも大挙して靖国神社に参拝する国会議員について「国家神道に苦しめられた時代を知っている人は少なくなった」と痛烈に批判した。
 老人党から派生した団体「護憲+(ぷらす)」の世話人笹井明子さん(67)は「なださんは強制に対して反発し、自由から秩序は生まれると考えていた」と話す。この「秩序」はなださんが言うところの「常識」に重なる。
 一日の講演をなださんはこう締めくくった。「自分もいつかは年を取るんだよということが分かる。そういう常識を持った政治家がいてくれたらいいと思いますね」
    ◇
 なださんの最新作「とりあえず今日を生き、明日もまた今日を生きよう」(青萠堂)は全国の書店で販売している。千三百六十五円。

初めてなださんのご本を読みました。真面目な内容でした。

2,3日内にアップします。

はい。待ってるね。

ところで。
きのう、若い青年が(せいねんは若いわい!)一人やめていきました。ガタイのいい、きもちのいい、元気な明るい子だったのに。なぜ。
お給料が安いのと、パート採用だったからのようです。
なぜ正規雇用にしなかったのだろう。
かわいそう。

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