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2013年5月 6日 (月)

九州俳句共鳴抄  本田幸信・選

空蝉を踏んだ不覚がまだ消えぬ   成清正之

うつうつと落暉をいだく芒かな     秦  夕美
少女らの脚を隠して稲の秋       福本弘明
この街で耳中に蝉を飼いならす    足立 攝
春の海亡父の微笑にたどりつく    尼崎 澪
青梅のかたちを誉めてゐる真昼  田中二史子
考えの過ぎて金魚のあぶくかな   花谷睦恵
生返事されて胡瓜をもみ上げる  堀川かずこ
戒厳令とまる木のない蝉が鳴く  夢野はる香
仮りの世の他に世のなし夏椿     小山 淑
暮れる日の火中(ほなか)に歩み入る花野 
                                                岩坪英子
秋の風鈴なまぬるい話聞いている  佐藤綾子
叱られず叱ることなく冷奴      薄  美津子
鉛筆の芯くろぐろと夏がゆく    高尾日出夫
かんかんと鉄打つ日本敗れし日も 中村重義
          本田幸信・文章/選句
『宗左近詩集成』の出版お祝の会が2005年7月28日市川グランドホテルにて、主催海の会で行われた。その挨拶より。
 人との出会いは不思議なものだが、戦後さまざまな文化人との交流の中で、もっと早く会っていれば良かったと思うその代表的な人だ。私の句集の跋文「眞鍋さんの青春は生体だ。しかし私の青春は死体だ。」という言葉に象徴されている。宗さんの「裸で入ってこんとね 菊池川の鮎にならんとね」という九州、柳川弁で書かれたとても良い句がある。この句の裸で川に入っている少女が上京し、炎を浴びたのが『炎える母』であり、吹雪を浴びたのが私の句集の主人公の雪女である。
      (俳人・眞鍋呉夫)

宗左近の遺言状は死後のことには一切触れず、やりたいことを仕事に列挙し「やりたいをうまくいってもよし、いかなくてもよし」と書いて、八十七歳で死去。晩年は、死生混沌の日々を過ごした。
 
 

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