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2013年5月18日 (土)

調うたまるさんとのシュールな対話、連句的。

コメント

こんばんは。

少し時間があったので今までの記事を読んでみました。最近は色々な人が訪れているようで盛況でなによりです。(^ ^;
しかしこれだけのものを続けているパワーはどこからきているのでしょうか?

そういえば長崎原爆忌俳句大会に投句依頼の応募用紙が自宅に届き、はて??と思いましたが、以前応募していたのを思い出しました。
今年は応募してみようかと思います。

今年こそは行きますよ。九州に。

ではまた。

うまたるさんとこにも?
以前いっかい、だしてくださいましたね。
また、だしてくださいませませ。
あ、そうだ。今日、工場から九時近くに帰ってくると、九州俳句が届いていて、さっき読みましたら、らんちゃんのくが選ばれていました。

ひび割れた海底覗く寒の月  東妙寺らん

うたまるさんも九州俳句にかたらんですか。
年に四回発行で会費4千円。
遠隔地のかたもいらっしゃいます。
伝統派、現代派、川柳派、無頼派、いられる。
気が向けばそういうてください。送る。

旧姓しらべです。というお方が数回コメントをくださいましたよ。
わたしが興味があるのは、調姓の人たちは、育っていく過程のどこらへんで、そういう出自みたいな、家の歴史ってのを知るのだろうか。ってことなんです。
まったくなにも知らないで一生を終える人もおいらっしゃるのかもしれませんし。

うたまるさんがこないだ、書いてくださったことですが。どなたかに聞かれた情報と思います。それは、長老みたいな人なのですか。いや、かささぎのjはたとしては、七夕の国みたいに、一族の長老がいて、その人物がなんでもお見通しの図を思い描くのである。

こんばんは。

九州俳句ですか?お誘いありがとうございます。
ちょっと考えて見ます。

なるほど、旧姓しらべさんからのコメント見てみました。
調姓自体が全国でも少ないので必然的にルーツに興味を持たれ独自に調べる人が多いのではないでしょうか。
また、現存する資料も少ない状態で声の大きい歴史家や郷土史家の方々の出す断定に近い推察に様々な違和感や意見もあるのではないかと思います。

この間書いた事とは邪馬台国の事ですね。
あの内容は長老ではなく、世界最古の文献と伝えられている「タマヤフルコトフミ」(原本は宮内庁保管)を相伝されている九十八代目巫女の御方からです。
地球の自然の観点からの末期的状況から秘とされたその内容を少しずつ開示していくのだそうです。
これも聞き手が信じるか信じないで世界観が180度変わる内容ですね(^ ^;
古雅楽関係の方を通じてご紹介を受けたご縁でお聞きしました。

ふうん
それはお初です

わたしはまだ半分しか読んでないけど、中島しようぞうの本に、地球の裏側ではほつまつたえの方の知識が広まっとって、うんぬん、というのがありました。あれもおなじかもね。
とにかく、自分の中に後鳥羽院がいるとおもえば、うれしいですよねえ
ドラえもんがいるのでもいいけども

うたまるさん。
ご無沙汰です。

いつかまた八女の地においでくさることがあれば、ぜひ、お声かけを。むすめの高校時代からの友人である「しらべちゃん」が、あなたにとても興味があると言ってくれたそうです。機会があればぜひ。

seikoさん

こちらこそ長らくご無沙汰しております。

お元気でしょうか?。
昨年は行けませんでしたので、今年は行きたいと思います。よろしくお願いします。
八女の地の「しらべちゃん」。是非ご紹介下さい!。(^ ^;

大円寺からの便りによると、星野村はまだ昨年の大水害の被害からまだ復旧できない部分が多くありと写真も見ましたが、八女全体も同じような状態でしょうか?。

うたまるさん
八女市の平地部分は一部を除いて復旧してます。護岸工事もぼつぼつ。
山間地はまだ手付かずのところも多いのでは。
でも、目的地へ行くための小道はあるようです。

ところで、今ざざっとたまやふることふみというのをぐぐってみました。
すると、いろいろ出てきた中で、これに注目しました。↓
というのは、最近エメさんのブログでへいたてじんぐうを目撃したからです。

こんばんは。

そうでしたか、やはり山奥は復旧がままならないのですね。。

藤原先生は古代巫女舞の家元でもあり岩戸笛の奏者でもあります。
普段はキリッとしていて気軽には話かけにくい感がありますが、実際はとても気さくな方で直接色々とお話をお聞きしました。

古代の中心は九州の地「クスノチ」であり、阿蘇はとても重要な地。幣立神宮は古来から日巫女達にとても意味のある場所で、ある時代に音を残し字を変えられてしまった経緯があるようです。

もし理科系の頭であれば列島中央構造線から辿ると別の見方が出来るかもしれません。

そして星野・黒木は阿蘇への道。

少し繋がってきましたか?

さっき明治の赤ちゃんポスト後編を二時間かけて打ち込んだ、参照記事をつけたくて、インノセント三世教皇について色々調べているうち、深入りしてしまい、せっかく入力した原文が、なくなってしまいました。どこにもない。。。無念。

イノセント、無垢無知けがれがない、けがかれない。フランス語よみだと、いのさんっていうのだ。
ちょっと、井さんを思い出した、(これは中島昭三の影響だね)。韓国語名は李さん。井真成という遣唐使がいたよね。この際だから、墓誌を貼り付けます。中国で発見された日本人最古の墓誌だし。
と。どこまでも関係ないところへいってしまう。
イノセント三世はフランシスコ派を容認した。とも書かれていた。よくわからんままに、あべしげさんのブログで読んだ限りでは、ローマ教皇、フランシスコは異端扱いでした。今回のブラジルだったっけ、南米出身の教皇はフランシスコ、その名前のもつ意味を解説されていたもので。

うたまるさん。

朝倉の説明を、中島昭三はこう書いていた。
以下、引用。

閼氏加羅(飛鳥国)のあった地で、朝倉もまた713年の好字二字制の名残地名と考えられる。

これ☝本文にはもっといろいろ書いていたけど、わすれた。

あっしから、で、二つ連想。
王昭君。絶世の美女。
と、
むかしの阿蘇地方の表記の閼宗県(あそけん)。
なんか関連があったんじゃないのでは。
閼という字はとても印象深い字で、宗教色が濃い。「あかみず」のあ、あかつきのあ。

それから、以前茶道の水のことで書いていた、あかい(閼伽井)も。

阿蘇への道。
かささぎあたまには二つの阿蘇が浮かぶ。
あそはひとつしかないはずなのに、なぜか、大分の阿蘇と、熊本の阿蘇と、二つの阿蘇がある。
記憶的にその二つはかささぎのなかでは別個。

高速道で大分まで走るとき、八女星野越えではない道、すなわち、鳥栖ジャンクションからぐいっと東へ曲がるルートでいくと、すぐに朝倉です。それから金爆のおにいさんの古里うきはとか日田とか通って別府湯布院と通って大分。
阿蘇近くになると、山が、山のくせに「あかぬけてくる」。もう、これはなんといったらいいのか、山のあかぬけ、へんな言い方だけど、仕様がない。景色がいいんだものねえ。
人さまの手が加わったわけでもないのに、なぜ。いいや、まてよ。そうだ、山焼きをするから、手が加わっているんだった。笑

磐井が豊前の山の中で死んだとしたら、どの道を通っていったか、知らんけれども、八女の磐井ロードをまっすぐ東へ進み、星野越えして雲八幡、耶馬溪ルートで豊前に憮然と抜けてったのかも。
というよなことを、かささぎは、想夫恋の焼きそばを食べるたびに思うわけであります。

ここに王昭君が繋がって出てくるとは面白いですね。
雅楽の世界では楽曲「王昭君」にある通り、中国漢王朝の時代、元帝が曲として作らせた絶世の美女として聞いています。時代が下って日本では唐楽として遣唐使により伝わり貞保親王が雅楽尺八である一節切で伝承したとされています。

朝倉は教科書的な令制国制度の名残地名と考えるだけではなく、遣唐使つながりから最初に朝廷の倉と捉えたほうが興味深く繋がってくると思います。(倉の意味)
時代を先の貞保親王からキーワードで遡ってみます。

-斉明天皇
-中大兄皇子
-中臣鎌足

もう少し時代を遡り

-景行天皇-
-日本武尊-
-熊襲-
-土蜘蛛-

後に編纂された日本書紀の阿蘇へ繋がる別の面が見えてくる気がしませんか?

そしてそこには調(つき)一族もいます

やきそばやさん?でおなじみの想夫恋の登場するのは平安後期と繋がるのはもう少し後ですか(^ ^;

うたまるさん。
このコメントに、たった今きづきました。
おくれてすみません。毎日がせまい視野です。

ひとよぎりがでるのですか連句的だ。
以前Hな恋句をこれでつくったことがありました。
ここに書くのははばかられるのでやめときますが、後ろ指さされたってどってこともない年なのでやっぱり書いてしまうと、
一節切尺八銅鍾みなつうじ。
どうしようは銅鍾だったか、銅笙か、銅鉦か、銅簫か、正解はどれ。しりません。自分で句をよんでいながら、それらがどうつながり、どう異なるかをよくしらないという哀しさ。
これら楽器の名前を知ったのは、偶然だれか昔の文人で科学者の随想を読んでいた時に出てきた。寺田寅男?
きょう、中島昭三の二回目の講演記録を読んで、ひらめいたことがある。
ひとよ。一夜。一夜川→筑後川の別名。
これは江戸時代、各務支考が久留米にきて、詠んだ、
名月は二つこそあれ一夜川
という句に出会ったとき、そういう別名があるのを知りました。けれども、一夜川という言い方は、そぐわない気がしたので、いわれを調べたら、雨が降れば一夜にして様相をかえる川だから、というのですが、語感からは、そういう切迫感はあまり伝わりません。どっちかというと、なにもない地に雨が降って一夜にして川ができちゃった。というような、のんびりした寓話風の語感しかない。この命名にはなにかほかに理由がありそうな気がしていた。
それを、中島昭三の本では、
卑弥呼の娘の壱與(いちよ、いよ)に通ずる川の名前に、この川のほとりに住んでいたのだろう。という。音を残すため字を変えた式の川の名前。

この人の本、一回目の講演記録までは、ときに眉がぴくんとするくらいで、さほど驚きはしませんでしたが、二回目の講演(これがさ。かささぎ父の命日でした。去年の三月三日。そういえば、あの日、父がなくなった昼過ぎころ、うたまるさんからたまたまコメントがはいっていた。あれも不思議といえば不思議だった)記録はきちんきちんと球が入っていて、わかりやすく、非常に出色です。

うたまるさん。さっき、和楽器を調べていたんですが、ふと、どらに目が行った。銅羅と書きますが、英語のドラムとおなじだろうか。どっちが先だろうか。楽器って銅で出来ているのが多かったのだろうか。

乙四郎の産地どんどら。漢字だと鈍銅羅。
で、その奥に、納楚という地があり。
高島とか後の江とか津の江などの地名、それから婆じゃなかった、馬場の地名。これらを並べしげしげと眺めていると、古代の地図が浮かんでくるような気がします。

こないだ、寺田のお宮に行ったとき、なにげなく撮った狛犬の写真に、弘化ヒ年姫野なんとか。同苗なんとか。同苗なんとか。と三人ほど連名の姫野一族の名前が彫られていた。
私の知識では苗字は武士しかもたなかったはずでは?農民でももてたのでしょうか。かれらは何だったのだろう。姫野氏は甘木氏家臣とあった、筑後将士軍談には。考えられるのは、野にくだってのちも姓を名乗っていた。
まったくよくわかりません。
歴史は謎だ。

(工場には月足という姓の青年がいて、よく助けてくれます。ありがたし。)

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コメント

こんばんは。
内容がめまぐるしく巡っていますね。ついていくのが大変です。

この一節切のHな恋句とは・・。すみません、解説お願いしたいのですが何かまずそうな気配がしますのでやめておきます(笑

銅鑼とドラムですか?語源の共通性についてはわかりません。。
銅なのはその昔銅は鋳造加工しやすかったからででしょうか。
ただ少々調べてみたら銅と錫の合金で響きの観点からその配合と調整が難しいとありました。

確か昔の農民といっても限られた郷士は江戸期でも帯刀や苗字も許されたと思います。

ありがとう。武士のお情け、も、かたじけない。

めまぐるしく移っている・・けど、つながっている。
きのうご紹介の野上建紀さん(実際にであったわけではない、紙上とネットとご近所の連句仲間からの情報で知った)、すこし開いただけで、こないだの同級生の書いた邪馬台国本とつながっていると感じました。
野上さんは有田焼きの陶片がブラジルとか遠い外地で出てくるのを調べられている。鎖国していたはずの時代、そのルートを追うことで見えてくる、これまでは見えていなかった世界。
ブログは研究者と研究者自身の内部をかいまみせてくれるので、ありがたいです。

うたまるさん、お久しぶりです。 お元気そうでなによりです。 再会のご縁がありますように☆

このくくりがUPされてよかったです。 探していたので^^

列島中央構造線上にパワースポットと呼ばれている場所が点在していると聞きますね。 夏、その真上にある伊勢神宮へ行く予定です。

ひめさん、お疲れ様です。
星野村、災害後はまだ行けていませんが千本桜で有名な石割岳の裏側に矢部に抜ける道があります。 柳地区あたりに大分県へ(近いです・磐井氏はもしかしたらこの方角から?)行く道と矢部に行く道が分かれています(三叉)。いつもはここで矢部の方へ向かいました。(裏側からみる山桜もきれいです) 
先日県パの頂上で西に輝く有明海を眺めた時「なんて近いんだろう」とあらためて思いました。
津の江も後の江も川や海にちなんだ地名なので有明海のパワーが矢部川をさかのぼって来てこの地にも影響を与えていたのでしょうか。
大船団と3000人を引き連れた徐福さんの伝説の地も矢部川を遡って川崎地区に?・・ 佐賀で仕事で向かう途中に徐福上陸地があります。いつか寄ってみたいです。
古代はリハビリ病院のふもとまで川が移動していたらしいのでもっと大きな川だった時期もあるのでしょうか・・川が大きいと干満の影響は上流まで来ますね、海の水が川の水を押し上げて逆流していますが力強い波が立っています。 いつも六五郎橋を渡りますが周辺の小さな川まで干満が影響していて驚きます。

えめさん、今年の夏ですか。
それはいいタイミングですね。

南中学校の同窓会で行くんじゃなかったっけ。あれ、たしかお伊勢さん。それとも出雲大社だったっけ。
すぐに忘れるかささぎのぼけ。きもちいいくらいころっと忘れる。
行きたいけど、値段が高い、桁が一つ下がってくれたらいってもいいが。五千五百円なら。虫がよすぎ。

追伸)
いしわりだけ?せんぼんさくら?
やなぎ?
それよりなにより、「県パ」とはなに。
ああわかんね。おらわかんねえだ。
いっしょにくっついてって、案内を乞う。
やめもひろいなあ!知らないところがいっぱいだ。

ついついしん)

どうして、有明海は世界一の干満差なんだろうか。
それ、知りたい。

有明海は世界一の干満差なのですか。
ふむ、ふと浮かびましたがカルデラ世界一の阿蘇山と何か関係があるのかな?

石割岳、千本桜はいつかの春にご案内します。
ぐるっと山越えして矢部に降り、良成親王の墓所も巡りましょう。
県パ=お茶栽培事業の県営パイロットです。昔はデートスポットだったらしい。 今もかな? きといん花火とかきれいだしょうね。

お伊勢参り>>はい、いつもの激安旅で。
一日目 博多ー新幹線ー新大阪ー真珠屋ー伊勢神宮ーおかげ横丁ーAランク温泉宿(とか)
二日目 京都5時間フリー(なので阪急電車で奈良往復しようかと・・)
ー夕方、神戸中華街散策ー新神戸ー博多
これで2万円位、しかも土・日でわが家にはありがたしです。
日帰りバス旅のご用命はいつでもお受けします。
出雲激安ツアーもありますよ。
、、って、旅行会社のまわしものではありませんが・・

えっつ。つがおおきい。
らんちゃんが五万五千円は高いって言ってたけど、本当ね。高いよね。二万とか聞いたら、行く気がせんごとなってきた。
だって二倍半だよ。

青春18切符で鈍行の旅がしたい。
できないかなあ。
58だけどさ。笑

たぶんできる。
18歳用の切符ではないと、誰かが言っていたような・・・

調べた。年齢、性別関係なし。詳しくはJRのホームページへ行こう。

出来るようになるのは退職してからになるんじゃないかな。まだまだしがらみがある。

ああ。
時間よとまれ。あ、いまとまってくれんでいい。

そのうち、時間を自由にじゃぶじゃぶ使えるようになれば、行こうよっと。
時間と同時にお足がいります。

あと十年たったらできるかもしれないね。
孫守している?
しがらみ。漢字で柵。らんちゃんの俳句があったな。

エメさん

大変ご無沙汰しております。

今年はお会いできるかと思います、(^ ^;;
夏に伊勢神宮ですか。良いですね。
私は来月と秋に行く予定です。

今年は出雲大社、伊勢神宮の式年遷宮が同年に行うとても意味のある年ですので、かささぎさんも是非。(^ ^;;

滞在時間 8分53秒 閲覧ページ数 3ページ 参照元 たまやふることふみ


ナゾだ!

太古の我が国はヒミと称され、、、
って書いてあった!
やめのむかしの呼称ではありませんか?
陽という字に口へんの羊。

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