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2013年5月18日 (土)

中島昭三の邪馬台国

さっき、母を連れて黒岩医院へ行き、受診が終わるまで、愛車ボコボコフィットで本を読んでいた。そう。まだ全部を読み終えていない。一人でひと月占領している。なんてこったい。
二回目の講演記録。
うをっ・・・
鬼のところの記述。引く。
また、伽耶のアルタイ語音であるキヤに起源を持つ鬼夜の鬼については、節分の豆まきが思い浮かびますが、久留米市上津町にある大本山成田山久留米分院では、「福は内」とだけ言って、決して「鬼は外」とは言わないそうです。おそらく全国でもここだけのはずで、ここでは鬼を身内と見ていたことになります。
実は、この事実こそが卑弥呼の邪馬台国がどこにあって、どこになかったかを、その土地の祭事を通じて知らしめるものであったかもしれません。鬼夜祭りも鬼を敵とは見倣していません。もちろん、成田山の大本山の起源は、断るまでもなく宇佐八幡宮のある御許(おもと)信仰の発祥地、御許山となります。
(写真引用:http://www.geocities.jp/flow_and_stock/jisya-kyuusyuu/oomotousa.html
断りもなく、引用させていただきました。どうももうしわけございません。ありがとうございます。
御許山・大元神社の拝殿裏の禁足地。ここから先へは入れぬのだそうです。)
(中島昭三本の引用に戻ります。)
となりますと、みなさんもよくご存知の、例の国道三号線沿いに出現した慈母大観音像が、その視線の先に卑弥呼の宮室を暗示していると思われてくるのは私だけでしょうか。
阿弥陀如来の化身が、物部氏の始祖・天火明命であったように、観音様の化身が、今は宇佐八幡宮の境内のどこかに眠る邪馬台国の女王卑弥呼で、明治新政府による神仏分離令や廃仏毀釈に苦しめられた成田山関係者は、おそらくそのことを先刻ご承知なのかもしれません。
ここを読んで、一気にあれを思い出しました。
貞永まこと氏亡き後、中断していた連句会を再び思い立ち、はじめて新メンバーで巻いた一巻が「鬼の本籍地」という題でした。
熊本在住のお役人俳人、中山宙虫(なかやま・そらん)は大分県出身であります。その人の発句、そして中央で官僚をしていた竹橋乙四郎がみやま市に新しくできた大学の学長になるため帰ってきて、はじめて再会した(小学校卒業以来)記念の一巻。
とても因縁深いものを感じます。
懐かしいので、転写しておきます。
おっと、今母から電話。
叔母と母を整骨院へ迎えに行って、またさがしだして転載します。

きょ

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