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2013年5月19日 (日)

nogami takenoriさん

すみたからさんの一族。

あれはいつかの夏。
そうそう。たからさんの母上が亡くなられたあと。
アルバムを見せてもらったことがありました。

集団写真の中、一人かっこいい人がいて(かささぎ比)、この人だれ?と聞いたのだろう。

どうもその人がこの人だったそう。

野上建紀氏。

金曜ごろの西日本新聞に割と大きく載っていたよ、というので、まだ括っていない新聞の塊を探してみたのですが、ありません。

そこでネット検索。

ふっふっふ。あった。

ご本人のブログ。

中島昭三本ともリンクしてくるようなので、文章化してクリップしておきますね。

http://blog.canpan.info/archaeology/

学歴、と題した一文、おもしろし。(すごいスケールの人ですねえ)。

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コメント

新聞ありました。土曜のでした。東直子さんの「産道の記憶」と題する印象的なエッセイと、山田宗樹さんの「百年法」、このふたつは読んでいたのに、真ん中に大きい写真が入った野上建紀さん(有田町歴史民俗資料館主査)の「肥前磁器追って世界へ」という記事は、まったく読んでいませんでした。よかった、弁当包みにして捨てなくて。
どこかまりさんに、というより息子のよしくんに似ている、穏やかなそのまなざしが。

没頭。紫川の川面1~12まで読破。面白い。
でも、まだわからない。なぜ高校中退したの。
気になるよ。
かささぎの一人いた弟(21まで生きた)は、八女農にひと月通って退学した、んだった。

ところで、水中考古学、。
さっき、対馬の鷹島沖で引き揚げられた遺物の処理法の動画を見た。そして気づいた、対馬にも福島がある。
たかしまとふくしま。これ、どっちの地名も八女にあるから。偶然だろうか。字は違うけれど。
八女の酒井田は有田焼の酒井田氏発祥の地ですしねえ。もしや、なにかゆかりがあったのではないでしょうか。

すみません。
紫川の水面、という題でした。川面と書いていた。

薯に芽や紫川はむらさきに

という句をむかし詠んだ。
じゃがいもを実家から送ってもらっていた学生時代。
たくさん送ってくれ、古くなってくると芽が生えてくる、紫の芽、それを包丁でくりぬいてはカレーやポテトサラダに使っていました。死ななかった。

ちょうどここがよまれていた。
わたしも、源流さんのコメントをよんで、なんとなく、この野上さんを連想してしまった。

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