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2013年4月21日 (日)

明治の赤ちゃんポスト(前編)

明治の赤ちゃんポスト

   京都文教学園学園長  澤田謙照

幕末から明治の時代に亘って、福田行誡(ふくだぎょうかい・1806~1888)という学徳兼備にして、詩歌に卓越した浄土宗の偉いお坊さんが居られました。六歳で出家得度し、十歳で京都に学んだ後、小石川の伝通院山内に住まいし、『大蔵経』を刊行し、晩年は、増上寺の法主、そして、知恩院の門主(管長)として活躍された方でした。晩年の明治の維新は、「廃仏毀釈」の嵐が吹いて大変な時代でしたが、師は仏教復興に努力する傍ら、仏の慈悲の実現を志しての社会福祉事業の発起・推進者の一人でもありました。

明治の晩年に、その著作、講演記録などを集めた『福田行誡全集』が刊行されていましたが、絶版となり、最近、その全てを収録した同『全集』全八巻が復刊されました。購入した私は、第三巻の中で、『福田会育児院説教録』(明治12年)なるものを拝見し、今日ご参集の皆さんが頑張っておられる赤ちゃんの「生命尊重運動」が百数十年前に始まっていること、そしてそこに「赤ちゃんポストの記述」があることを知ったのです。その驚きから、今日のお話をすることを思いついたのであります。ご承知のように、”赤ちゃんポスト”は、「生命尊重センター」の勧めもあって、2007年、熊本の慈恵病院で創設され、大きなニュースになったのでしたが、その「赤ちゃんポスト」が、西洋では大昔からあったことを行誡師が紹介していることを知って大きな驚きでした。今日は二時間くらい話せる資料を用意しましたが、時間の限定がありますので、端折りますが、ご勘弁下さい。

福田行誡と仏教思想

この「福田会育児院」でありますが、「福田」はふくだではなく、仏教用語で「ふくでん」と読みます。福徳を生み出す田であります。「福田」というのは、例えば、いいお米が獲れるのは、田んぼがいいからで、その田んぼが大事です。そういう意味で、みんなが幸福になるには、自分だけではなしにあらゆる人々の幸福を生む田んぼが必要だということです。私たちは良い田んぼを人に提供したら、おいしいお米が獲れる、言い換えると、自分が善いこと(功徳を積む)をしたならば、必然的に、そこに明るい社会が出来る、ということになります。それが「福田」です。

仏教では「八福田」と言いまして、仏、聖人、和尚、阿闍梨、僧に対して、六番目がお父さん、七番目がお母さんを大事にする、そして八番目が病人を大事にする。この八つの福田の中では、病人を大事にするのが最高であるとお釈迦様がおっしゃっている。善行は誰に対しても為してよいことですが、特に、今、本当に困っている方をこそ優先すべきでしょう。聖徳太子が千四百年前に、貧窮者、病者、孤児の救済施設である悲田院を作られたのも、この福田思想の実践ですが、苦しみ悲しんでいる人を大事にすることが、一番功徳があるという考え方なのです。その意味では、現代、「お腹の赤ちゃんの生命尊重」は緊急にして最重要の課題です。

資料の「福田会育児院開設」の最初、「化益と云う事」をご覧いただきたいのですが、この「化益」は仏教では「けやく」と読みます。本当に相手に利益を与えるという意味ですが、自分の為したことが、相手の実りになってこそ初めて化益と言えるのです。慈善事業として、いいことをしてあげたという自己満足は決して化益にならず、自分自身が真剣にその人のことを考え、その人が良くなってくれることを願い、よくなってくれたことを心から喜ぶ、言い換えれば、主体と客体を超える有り方こそ、一番の化益であるというのです。慈善事業として、お金があるから余裕があるから、私が相手に善いことをしてあげるのだという事では決してない、ということを行誡師は申されています。

「資料」「育児院説教録」をご覧下さい。これは、この育児院開設のための趣意書でありまして、発起人であられた高岡増隆、多田孝泉、福田行誡の三師が執筆されていますが、今は、行誡師のものを掲載しました。この育児院開設の歴史的背景については、「資料」「福田会育児院開設」をご覧いただきたいのですが、これは、今回の『全集』の編集者の解説文を借用させていただきました。

これによりますと、「明治九年は熊本神風連の乱、福岡秋月の乱、萩の乱に始まり、各地における地租改正の一揆等が簇生(ぞくしょう)し、翌年は西南の役、十一年には大久保利通が暗殺されるなど、維新は十年代に入ってもなお不穏であり、地方の疲弊は年を追ってひどかった。とくに農村における窮乏は甚だしく、子供の堕胎、圧殺、捨て子などは近世末期からとはいえ、富国強兵策をとる新政府にとっても人口の確保は急務であった。真宗本願寺派では、明治四年三月、とくに東北地方に多いこの悪習の是正を求めて、「御消息」(=通達)を発しているが、容易に改まらなかった。翌五年、行誡が育児院を作ることを思い立ち、これを実行に移したのもこのような状況下にあってのこと」とあります。これも堕胎、圧殺、捨て子などの行為がいかに人道を外れたものであるか、その思いを行誡師は、この『説教録』で心をこめて語っておられますから、後でお読みいただきたいと思います。

因みに、「仏教用語であなたの好きな言葉は何ですか?」と問われたら、私は「衆生(しゅじょう)」と答えます。仏教徒は、「四弘誓願(しぐせいがん)」といって四つの広大な願いの実現を誓いますが、その第一は「衆生無辺誓願度」(生きとし生きる者は皆救われなければならない)であります。「衆生」とは、人間だけでなく、あらゆる生きとし生けるもの、生命あるものを意味し、我々は、その生命あるもの全てを憐れみ、そのいのちを生かしていくという決意をもつという意味です。人間に限らず、どんな小さな昆虫でも、生命は大事で、いのちのある限り生きたいはずです。具体的実践としては「不殺生戒ふせっしょうかい」とも言われ、生命あるものは殺さないということであります。インドのマハトマ・ガンジーのアヒンサー(非暴力)運動も、この不殺生戒を起源としています。

福田行誡師にとっても、赤子の堕胎、圧殺、捨て子などの事実は、見過ごすことのできない罪悪であり、『福田会育児院』の創設も緊要の課題であったのでした。先の解説文にも、『福田会育児院』とともに、「このような施設の奨励は、生命を考える宗教者にとって、ゆるがせにできない点であったに違いない。秋田布教中に大内青鸞に与えた書状に、〈此の日、独立育児院開園式あり、保嬰会と名(なづ)け遣わす〉とあり、秋田で育児院の開院式で「保嬰院」と名付けたという。おそらく各地でこのようなことが問題になっており、行誡にとっても、化益と救済の問題として重要な任務だとおもっていたにちがいない」と述べておられるとおり、行誡師の問題意識の深さが窺えます。(京都円ブリオいのちのセミナーより  次号につづく) 

 

(平成25年2月1日発行 生命尊重ニュースより転載)

▼鵲のひとりごと

連句仲間のぼんさんが(坊さんではない、呆夢とかいてぼんと読む)貸してくれた小冊子から、まるごと引用しました。

これを転載しようと思ったのは、仏教のテキストとして、です。
こんにち、(お坊様にはもうしわけないのですが)、説教を聞く機会がほとんどないものですから、心が飢えておりました。
みなさまはいかがですか。

アメリカでおきたイスラム教の狂信的信者の若者による無差別テロの裏側を、今日は少し報じていましたが、いたましい、やりきれない事件でした。また繰り返されるに違いない。と思わせる不気味さがあります。

アメリカは聖書を利用しているだけ。という批判がありましたね。
たしかにそう感じます。いつだって、目には目を、で、相手を許すことがない。
基督の精神とは対局にあると感じる。
皮肉なことに、その精神は、アメリカが負かした日本の戦後のどさくさのなかで、わかい女性もまじって出来上がった憲法のなかに、見出された。
その女性はシロタという日本人みたいな名前でしたが、先だってなくなりました。
心より哀悼の意を表します。
ベアテ・シロタ・ゴードン。

ユダヤ人だったのですね。

写真引用:
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%99%E3%82%A2%E3%83%86%E3%83%BB%E3%82%B7%E3%83%AD%E3%82%BF%E3%83%BB%E3%82%B4%E3%83%BC%E3%83%89%E3%83%B3

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コメント

この京都文教学園を調べましたら、奈良にあるのですね。
教育の核に、三宝に帰依する心を置いてありました。
三宝。仏法僧です。
それをみたとき、すぐに憲法と玄奘を書いた仏教学者の稲津紀三『世親唯識説の根本的研究』を思い出しました。稲津師の率いておられたのは、三宝会という名の宗教団体だったのです。
また、ここの学園の文化祭の名前、指月祭から、もみやましげつを思い出しました。脈絡もなく、、明治の俳人です。籾山指月。愛吟の上川井梨葉(かみかわいりよう)といっしょに記憶していますので、そのあたりの俳人、あるいはプロデューサーだったと思うのですが、検索しても何も出ませんでした。

指月ではなく、梓月だったからでした

まよなか、ここがよまれていました。

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