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2013年4月19日 (金)

昭和24年の俳句 その1 かささぎメモ

『俳句春秋』第二号 昭和24年1月15日発行

定価40円  名古屋市北区上飯田町電停前 
青雲社会館内 俳句春秋社刊

作品1

毛ごろも   安齋櫻磈子

極寒地面あり戞と又た戞と義肢の人來る
國敗れても煌々寒月のひかり人涙せよ
着るにいにしへの武斷を思ふあらあらし毛ごろも
空茜すれば茜の寒さ身に應ふ夕山を下り
國政腑抜け雪雲も底抜けて雪降るふる

かささぎの感想)
この俳人の名前の、石編に鬼の文字が、まず変換不能でした。
中国語辞書のサイトからひっぱってきました。ありがとうございます。
http://www.zdic.net/zd/zi/ZdicE7ZdicA3Zdic88.htm
あんざいおうぎし、と読むのだろうか。
一句目。かつと、という字は、星野石雀師の句からも、宮部鱒太師の句からも教わりました。
いかにも、硬い響きのことばです。
又に「た」を送るのがふしぎねえ。

すきなのは、三句目の。
毛ごろもというのは、毛皮のこと、それを身にまとうとき、古の武断を思った。
しかして、武断とはなに。

武力をもって政治を行うこと。物事を力で処理すること。⇔文治(ぶんち)

感覚的にうなづける。

また、

そらあかねすればあかねのさむさみにこたふゆうやまをおり。

このごちゃごちゃしたリズムが連れてくる情景をさわやかにも感じるのは、あかねとゆうやまとこたふとおりる。こたふなんか、こころで一度、おうじるとよんじゃうので、おりると頭韻がそろっているなあと。
動詞が三つもあって相当うるさいのに、あんまり気にならない。(そーか?)

秋風抄  阿部宵人

遍身の秋風に佇ち合掌す
秋霖が隔つ隣の戸の開く音
秋霖の音萬縁のあつまる身
街空の夕映人はふりむかぬ
秋老いゆき人は重たき腕垂らす

秋暮るゝ   石塚友二

柳散り共色暗き鳩の空
直り来しふところ時計暮の秋
松枯るゝ雑木紅葉の艶の中
新穀の貨車引入れて轉轍す
身にしむやカラァーぞ高き宣教師

てんてつスイッチ。切り替える。

新穀の貨車がいいなあ。たったこれだけのことばで。秋の実り。

鵙   市川丁子

啼きすてて鵙ぬけて来ぬ風の穴
晝の鵙下枝に啼いてつくばひへ
霧の中影繪おどらせ人耕す
月光波をきざむ人魚は女なり
  八橋
返り咲く杜若もあらず池涸き

一句目、すごい句だな。
ほんと、もずの鳴き声って、そんなかんじ、するね。
このひと、いちかわ、ちょうじ、ってよむのかなあ。
おんなだろうか、おとこだろうか。たぶん、女性ね。
しずえ、なんて和歌のことばを投げ入れてんだよ。

アドバルン   伊丹三樹彦

アドバルンゆるみて午后の飢きざす
懐手してゆくかたや雁渡る
銀杏降りしきるや稚兒が手をあげて
斷崖をそびらに返す秋の暮
描かるがごと短日の椅子に居り

このひとは、おじょうずですね。
こんなにわかいときからなさっていたなんて。
えっと、年齢を計算しますと、このころ、伊丹さんは29歳です。

ウィキでしらべますと、なんと13歳から俳句をされている。ひえ~~~
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BC%8A%E4%B8%B9%E4%B8%89%E6%A8%B9%E5%BD%A6
いまも、俳句誌『樹』(大分)にたくさん投句してあります。

ちょっとご紹介いたします。

とうみょうじがくれた樹の四月号(252号)より引用します。
円柱東西31,32,33から好きな句。

伊丹三樹彦・句

どこまでも鳩追う鳩よ 菊日和
脱糞後の鳩考える  屋上園
紅葉黄葉 枝離れの刻待っている

若きには老が 老いには黄泉がある

あの雲は孤島だ 空は 碧一色

出勤人みな 朝光に面さらし

(これ、すげ!ちょうこうにつらさらし。なんてすばやいスケッチ!見事です。生き生きしてるよね)

聖樹の青 苺も青い襟見せて

達磨夕日みるみる沈む  海坂へ

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コメント

あのさ。
秋風抄  阿部宵人なんだけどさ。
わからんのよ。
萬緑なのかもしれんっちゃ。
秋霖の音萬縁のあつまる身
こう書かれていたのですが。
ばんえんってはじめてきいた。
いま、しらべた。
あります!ばんえん。商法贋造にでている。
ばん‐えん【万縁】-日本国語大辞典
〔名〕仏語。すべての縁。あらゆる社会的なつながり。*正法眼蔵〔1231〜53〕重雲堂式「人事まれなるのみにあらず、万縁ともにすつ」*梵舜本沙石集〔1283〕四・一「契を結て道場を荘厳し、万(バン)縁を ...


しょうほうがんぞう、じゃなくて、しょうほうげんぞう、が正しかった。道元。本の名前は知っていても、まったくさわったこともかすったこともありませぬ。無知蒙昧。なさけない。

この時代の俳人はすごい。ものすごく勉強している。圧倒される。

なんとかや夜の奏楽瀬に応え 秀野

ての連想した
帰宅したら確認しよう

五條キャバレー(まえがき)

石叩ひるの奏楽瀬にこたへ   秀野
(昭和21年、京都西木屋町)  

夜じゃなかった、真昼間でしたねえ。

瀬にこたへ、という表現が素晴らしく印象的なスケッチ句。

木屋町をのちに訪れてわかったのですが、高瀬川が流れていて、ちょうど八女福島でいえば、むかしの土橋の飲み屋街みたいなところでした。おとずれたとき、さびれていた。五條キャバレーもあとかたもなくなっていた。八女の土橋とおなじく。

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