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2013年3月15日 (金)

「石橋秀野ノート前書」に父の思い出

http://blog.goo.ne.jp/sinanodaimon/e/c5d9841ffda6e53f394e3348bc25d6f0

親は子から生まれる。

なんと印象的な言葉だろう。

さくらさんのこの言葉も。

http://blog.goo.ne.jp/ssj19430903/e/e3f36373960e8ba393f6dff01c113233#comment-list

ぼんさんのコメント、よく響きます。

さくらさんのブログ文中のあの歌というのは、最近かささぎブログで取り上げた、加川良の『教訓1』です。
呂伊利先生ご紹介、ぼんのご主人も歌えるそうですが、わたしは数年前、エメさんの代理で行った太宰府文書館コンサートで、この加川良さんをはじめて知りました。

わたしたちの年代には、55年体制が色濃く尾をひいている。

さくらさんの思いも、加川さんの歌も、どちらの思いも、よくわかります。

むかし、若かりしころの山本健吉、石橋秀野夫妻は赤の地下活動をして、特高につかまりました。

まったく興味をなくしかけていた秀野ノートに、ふたたび手が伸びたのは、それについてもう一度考えてみようと思ったことと、父が思い出になりかけているからです。

そのまま、ひきます。

平成15年に出したわたしの唯一の研究書の前書です。

はじめに

八女市には文化勲章を授与された有名人二人の墓がある。
一人は画家の坂本繁二郎、そしてもう一人は俳句評論で名高い山本健吉である。どちらも八女市福島町の無量寿院に眠っている。

坂本画伯は久留米市出身の旧士族ながら、フランス留学以後は八女市内にアトリエを構え制作に勤しんだ。八女はフランスの田園風景を思い出させる、東洋のバルビゾンだと言って愛した。
私も中学生のころに偉大なる画伯の事は、杉森麟校長先生(現在も短歌誌「高嶺」に坂本繁二郎語録を連載中・・・注・当時。現在は故人)より数多くの話を聞いたが、今は全部忘れた。
でも、父から聞いた「坂本さんな馬小屋までスケッチ帳ば持ってきて、馬ば見せて下さいち言うて、描いて行かしゃったこつのあったばい」という話は忘れない。

山本健吉に関しては、私が初めてその名を知ったのは、天籟通信の穴井太先生の文章においてであった。俳句の読みという事については、健吉の「現代俳句」という評論が最も権威があるという事を知ったのだ。

その偉大なる評論家の墓所がなぜ八女にあるのだろう。健吉は長崎生まれであり、彼の随筆を読むと同郷の歌手、さだまさしのことなどにまで言及した文章がある。どうにも八女と健吉とは結びつかない。しかし一昨年の五月七日、健吉の命日(昭和六十三年、八十一歳没)に八女市福島町に開館した資料館「夢中落花文庫」を訪ねた時、謎は解けた。

山本健吉、本名石橋貞吉は八女郡黒木町出身の評論家である石橋忍月を父に持つ。石橋家は代々医者の家系であるが、伯父の家に養子に入った忍月は異端であった。郷土史家・杉山洋氏作成の家系図を見ると、忍月は生涯に三人の女性と婚姻関係があり、一人とは離婚、一人とは長女をもうけ、そうして健吉の母である翠との間には九人の子をなしている。
山本健吉は父にとっては六番目の子、母には五番目の子であり、その両方にとっての三男である。

八女郡黒木町の「学びの館」に行けば、石橋忍月の資料は揃っているとのことだ。森鴎外との「舞姫論争」は明治論壇で有名らしいので知りたいのだが、後日に譲りたい。なお黒木町は女優の黒木瞳の実家があるため、先日は映画『失楽園』の宣伝に女優自ら里帰りしてキャンペーンをはっていた。余計な事を書くなと怒られそうだが、もう一つ書くと、黒木瞳の父上を私の父は知っているそうで、若い頃博労をされていた彼女の父上から農耕馬を買った事があるという。

本稿の目的は、第一回川端茅舎賞(のちの現代俳句賞)を受賞した健吉の妻、俳人・石橋秀野について書く事である。しかしながら私は、何事においても宣伝下手でほんものがありながら広く知られていない八女という一地方の伝統や文化についても出来るかぎり触れていきたいのである。
私自身知らないことばかりで、今回のこの文章を起こすに当たっても、何から書けばいいのか迷った。

それで、断片的な秀野についての資料をある程度読み込むまでの時間が欲しいので、前書として、八女の有名人について書こうと思う。

「神々しい土地です」と言って坂本繁二郎は生まれ育った久留米を捨て、八女に移り住んだのだが、八女で一番の有名人、筑紫の磐井も同じであった。六世紀初頭(古墳時代と呼ばれる)に大和の王(ヲホド)継体と戦って敗れたかれは、生前に八女平野が一望できる小高い丘陵に自分の墓を造営していた。彼の名の磐井とは、灌漑の水利術に長けていたから付いたものだとも、原始以来の信仰の対象たる清冽な岩間の水(磐井)からきたのだとも言われている。
磐井は継体王が新羅に併合された任那を奪還すべく、兵六万を北九州経由で朝鮮半島に送ろうとしたとき、さまざまな難題をふっかけられて、それがどうしても呑めず、九州の独立を守ろうとして戦争を起こす。が、敗れた磐井は豊前の山中に逃れ、追撃して磐井を見失った大軍は腹いせに古墳の石神石馬を傷つけ壊した・・・・

八女の郷土史家であり、洋画家の杉山洋氏が書かれた本からの引かせてもらった。日本書紀には磐井の反乱と書かれるも、現在の考古学書では「風土記」の記述重視の「継体・磐井戦争」と呼ばれている。(森浩一『古代史の窓』、古田武彦の種々の本参照)

さて、話が石橋秀野とはまるで関係のない古代史へと飛んだのだが、石橋秀野(旧姓・藪)の生まれ故郷が奈良の大和国中(やまとくんなか)と呼ばれる、歴史ある古都と知れば何か古代からの八女と大和は浅からぬ因縁めいていて、どうしても言及しておきたかったのだ。

   石橋秀野ノート 平成15年10月20日 書心社刊 

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コメント

だけど、私は杉山洋先生に対して、詫びなきゃいけないと思う。
たくさんのことを教えてくださったのに、いつも激怒していたわたし。未熟でした。
無自覚に書いていた文章、その文章を見つめ直せたのは、杉山洋先生のおかげです。
わたしは、ばくろうという職業について何のこだわりも偏見もありませんでした。辞書でひいて、まず、馬喰と書いていました。すると、杉山洋先生から、差別語ですよ。とのご指摘。
そんなばかなことがあるだろうか、歴史的な職業ではないか。とどうしても腑に落ちず、博労という字に変換した。たしかに字面はこちらのほうがいいと思います。あと、ばくろうは、伯楽という字をあてるのもありました。こちらだとなおいいですね。
去年美輪明宏さんがヨイトマケの唄を歌われたとき、あとで週刊誌に語られてたことです。
差別語だといわれなき糾弾を受けて歌われない時代があった、と。
それとおなじ思想です。

杉山洋先生の、この文章↓をたった今よみました。なにか、ご隠居そっくりの香りでしょ。いったい、かささぎの何がこの人をああまで怒らせるのだろう。わたしは常にこの人から怒鳴りまくられていた。なぜ。

島根県庁焼き討ち事件については、調べても、当時は何もわかりませんでした。いまみたいにネット検索機能はありませんでしたし、ワープロしか持ってなかった。
とはいえ、わたしが本を出した時には、さすがに先行する二冊がありましたので、ちゃんとどういう事件か、わかっていたのです。それなのに、訂正をしなかった。なぜかといえば、めんどくさかったからなんです。ただそれだけ。秀野さん、ごめんね。
四年間、もう、めいっぱい調べたぞ、という気がどこかにあって、これ以上はびた一文だって書かない。というよな気持ちだったんですね。

さ、それで、と。
やっと調べることができました。

なぜばくろうは差別用語なのか。
私にはわかりませんでしたから。
放送禁止用語のなかに入っているのは確かのようです。
問答欄での回答では、こうあります。

>正式な名前は 家畜商 といい都道府県の講習会を受講して、家畜商免許証を取得。 馬、牛、山羊、羊、豚の売買に必要な資格。 仕事は家畜の仲買人で中間マージンが収入。
博労又は馬喰でバクロウと読みます。 差別用語かは分からないが、私は普通に使ってますね。

この回答、説得力があります。
資格職だとはじめて知りました。
黒木瞳さんがテレビのトーク番組で、父親の職業について聞かれたとき、家畜業です、と答えられたらしい(アクセス解析で知った)のは、このことだったのか!と、ファンならば思い当たらねばなりません。
彼女はうそをつける人ではないのです。
お父上が町の議員さんだったころにデビューされていますので、やはりそれ(親は町議)も嘘ではない。
彼女は田舎で、堅気の親御さんに育てられた、ごくまっとうな女性だと思っています。だから、どこまでも信じていたい。
(かささぎが彼女のファンなのは、彼女も故丸山豊師に励ましをもらった人のひとりだからです。)

ここも読んでくださる方がいらっしゃる。
ありがとうございます。

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