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2013年2月 6日 (水)

昭和三十年代

ことし、もうきたのかな。八女老連会報。

まだ見ていない。あれを読むのがとっても楽しみで。

娘がこないだ置いていってくれた銀の匙や百姓貴族を読んでいたら、
思い出してしまった。

我が家に豚がいたころのこと。

マイクロクレジットというのがありますね、アジアの博士がノーベル賞をたしか受賞された。


無担保で小額を貸付、団体責任を負うとかいうしくみだった。

あれ、むかしのここらにもあったらしくて。
母がいいます。

一時期、養豚がはやったらしい。
そのころの資料がないか調べましたが、みつかりませんでした。

こんなとこ、調べた。http://www.city.yame.fukuoka.jp/shisei/keikaku/nou/1.pdf#search='%E5%85%AB%E5%A5%B3%E5%9C%B0%E5%8C%BA%E3%81%AE%E9%A4%8A%E8%B1%9A%E3%81%AE%E6%AD%B4%E5%8F%B2'

はい時間です。いってきます。

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コメント

ご無沙汰しておりました。
インフルエンザにはなるわ、パソコンはこわれるわ、そんなこんなのあわただしい日々。笑

養豚業、たしかに一時期、この八女地域にも、はやっていましたね。農業仲間に誘われた父親が「豚を飼う」と言い始め母親の反対を押し切って豚を飼った時期がありました。わたしが小学生の一時期。生き物がいると家をあけることができない。手がかかるから豚を飼うのはいやだった。と母親がずっと愚痴っていましたっけ。
生まれたばかりのあたたかい湯気がたつようなピンクの豚の赤ちゃんをだっこして母豚の乳首を吸わせる手伝いをしたことがあります。おっぱいの数が足りなくて、哺乳瓶で飲ませたことも。
こどもだったわたしたちにはとてもいい体験でした。

へえーせいちゃんちも。
流行りだったんだね、本当に。
漫画では都会から北海道の農学校全寮制に入った青年が、食べ物すべて手作りの体験をするんですが、ブタに名前まで付けて、可愛がって育てたものを、屠殺して、食べれるか?
娘は不登校だった一年半、八女で百姓したので、今も思いがあるんだろなあ。

せいちゃん、お母様がんじやなくてよかったですね。
又、むかし話を書いてください。

ソフトバンク社長孫正義家の歴史を書いた本「あんぼん」にはこんな場面が出てきます。
豚を育てるのに、おばあさんが子豚にじかにおっぱいを飲ませていた・・・・。
やることが桁外れです。

ん?
さくらさん、もしやおばあさんのおっぱいを赤ちゃん豚にってこと?

そうですよ。

ほー。。。。。!!

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