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2013年2月 3日 (日)

いってきます、天神様のお父上を祀る是善社!

いってきます

八女市平田の農道、両脇は電照菊のハウス(推定)。
むかうのは、正面に見えている山(推定)の中。

県道442、上陽の手前、もうすぐ左の方に星野川、土手がだんだん修復されてきた。

上陽町祇園堂の一つ手前の信号、ええっと、たしかおおぜ、大瀬!大瀬康一っていましたね、昔隠密剣士とかでてた、そんなことは関係ない、から左に折れて、狭い道をどんどん進む。杉山がつづく。(母曰く、むかし、大瀬みのっていう地は、センブリを作っていたところだとのこと。)

もうかなり高い。山のてっぺんを目指しているのかな、道。

方向はあっているみたい。

離合する幅もない道。どうか対向車がきませんようにと祈りながら走る。
あ、わらべ館らしきものがみえてきた!横の方に鳥居もある。あれかな?

と思って行ったらば、わらべ館の左にあるのは八幡さんでした。
ここでエメさんのコメントに気づく。不思議だったよ。
圏外で送信できないのに、携帯を開くと、メールのとこにコメント表示が出る。
それによると、右が橋、左が是善社、そんで低地で久留米方面へいったらだめよとある。
考えた、途方にくれた。でしようがないから、橋を渡ってみる。うろうろ。
とそのとき。
さくらさんの正月の箱根駅伝ブログでみかけたような自転車のりのお兄さん達発見。
つい、引き寄せられるかささぎの旗。
マウンテン自転車に跨って、リーダーの人が空中浮遊を指導されていた。
おそるおそる声をかけ聞いてみた。

是善社は知らないが、村の人に聞きなさいと、右の方を指された。



これがその道。橋を黒木方面に渡った方角。
かなり走るとたしかに集落がありますが、エメさんの話と逆方角のようです。
(でもおかげで、水害のときにも、この道路のおかげで久留米に出れて助かったという話が実感できました。)
古賀誠議員、すごい人ですね。

で、結局引き返して、反対方向(わらべ館のある方)から坂を右へ下りる。

やっと、ありました。あれでしょう。

こちらは摂社の天満宮のほうです。
手前に一台分の駐車スペース。

天満宮の狛犬。明治時代の作と思われます(推定)。

こちらのようです。ぜぜんしゃ!

ずいぶん奥行があるように見えるのは、奥行があるからです。(笑)
そんな作りになっている。横から社を見るとわかります。

ここが是善社でした。天満宮は石段の上、ここは平地に建っています。
まあ、不可思議なところでしたよ。
説明を読みましても、だれを祀ってあるのか判然とはしないように思えます。
まるでことだまの神様が、デーモンじゃないけど、ウンの運びでここがいい!と鎮座された。菅原の是善も文章博士だった人ですし、遣唐使でもありました。
なにやら歴史にうもれた古いえにしがありそうにも思えます。

ね?(クリックで拡大されます)

是善社の前の御宅のきれいな山茶花。

忘れられない是善社。

由来が漠然としている、そこも魅力です。
おカミさんごとっていうのは、人知を超えていますものね。

神社の奥に車がたくさん停められるスペースあり。
黒木町観光協会に説明、ありました!
http://www.townkurogi-ta.jp/movieLib/movlib_jyoyo_03.html

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コメント

いってらっしゃい。 お気をつけて 無事にたどり着けますように・祈

無事にたどり着けてよかったです。 20年前は朧橋はなかったのでたぶん必然的にここに着きました。
ひめさん、行き過ぎるかもと心配しましたが・・やっぱり行き過ぎ・・でもマウンティン青年に逢えたのも必然、、よいご縁がありましたね☆

えめさん、おかげでさきほど、このブログにもあえました。空海も同期ではなかったかな、ぜぜんさんと。↓

5年程前に行ったきりのあと新しい道があるのかな? 伝えた方向と逆だったってことは、。
朧橋の先は出来たときは先に道がなかったけど、今は開通して尾久保に行けるようです。 いつか行ってみます。

是善公の父上が空海といっしょに遣唐使で行かれた方でしたね。 シルクロードまでいっきに繋がりますね。
遣唐使にペルシャから随行された記録があるってことなので想像以上に交易や交流がさかんだったのでしょう。 なんだかわくわくしますよね。
高千穂にある某神社で石に十字架の刻みを見たことがあります。 今度また確認してこようかと・・

そう、乙四しろうさんの
筍の句を連想しましたよ!

古賀達也さんのブログで星野行のなかの「かぐや姫」↓を読んでいたら、「合瀬耳納峠」おうぜみのとうげというのが出てまいりました。
あ、これと間違えてるのかも・・と思って。わが母のいっていた、大瀬(442号の北川内の信号名)ではなく、合瀬耳納峠で、むかしはセンブリを作っていたんじゃないだろうか。あした確かめてみよう。

夢庵こと筑紫広門。
晩年はクリスチャンだったということの資料を探しています。見つかりません。
中薗英助「南蛮仏」にそう書いてあったのですが、夢庵のお墓はみつからないのだそうです。
このあたり、いかにもかくれ里の雰囲気。
夢庵のお墓があったかも・・と思ってしまう。

杉山のおんじいブログで、ひとつ発見。
大川の高橋家にも南蛮仏があった、という話。☟

是善社のかみさま。
ありがとうございました。
おかげさまで、合格しました。

おまいりするとき、息子にとって良縁あるところに合格しますように。と祈りました。
三つうける予定でしたが、最初にうけた私立には落ち、次の国立に通りました。最初の、おかげで入学金を払わずに済みまして、ありがたかった。
ぜぜんしゃのおかげです。

合格おめでとうございます。よかったです~☆

整骨院の先生が、3日に貴女をお見かけしたとおっしゃってました。ご法事の食事会場前ではなかったでしょうか。と、申し上げておきました。

息子さん、合格おめでとう。少し肩の荷が下りましたね。これから4年、踏ん張り時ですね。いっしょにがんばりましょう。

それにしてもぜぜん社、ご利益ありますね。すごい!!

黒木観光協会の案内板も今まじまじとみました。
駐車場なしとありますが、とんでもないっす。
ございます。
奥のたかむらのしたに七台くらいは停められる。

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