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2013年1月 3日 (木)

お正月の詩歌

初諷経(ふぎん)叡山香を奉る    星野椿

 

元旦の西日本新聞文化面で目をひいた一句です。
ふぎん(ふきん、ふうぎん、ふき、ともいうらしい)という言葉がお初でした。

また、叡山香というのがわかりませんでした。
お香の名前でした。
えいざんこう:http://trickortreatjpapolo.blog.so-net.ne.jp/2011-11-08

  1. ふう‐きん【諷経】-日本国語大辞典

    〔名〕「ふぎん(諷経)」に同じ。 ...
  2. ふ‐ぎ【諷経】-日本国語大辞典

    〔名〕「ふぎん(諷経)」の変化した語。*かた言〔1650〕三「看経諷経を かんき、ふぎ さて此かんきんふぎんは、禅家の名目なりとかや尋侍るべし」 ...
  3. ふ‐ぎん【諷経】-日本国語大辞典

    〔名〕(「きん」は「経」の唐宋音)声を出して経を読むこと。特に、禅宗では仏前の勤行をいう。読経。ふうきん。*正法眼蔵〔1231〜53〕安居「本寮につきて前点諷経す」*言継卿記‐天文四年〔1535〕正月 ...
  4.  

くるくると回る地球にしがみつき
振り飛ばされじと今日も必死に 
        鶴田雪枝(101歳)

若かりし山幸彦を助けたる塩土のをぢ今の世にあらむ

        伊藤一彦

海上の雲を染めつつのぼり来し朝日は波を息づかせをり

        栗木京子

明の春怒涛を矛の雫とも

        秋尾敏

初春を独りいただくものばかり

       森中惠美子 

影たち

    北川透

わたしたちがいなくなったら
その影たちは 束ねられたアルバムや
メモリーカードの中に 閉じ込められて
いつまでも眠り続けているのだろうか

わたしたちがいなくなっても
影たちの呟き 無言の叫び声は
街路の雑踏や食品売り場の喧騒のなかを
ひっそり歩いているのだろうか

たとえば一冊の詩のアンソロジーの中では
大勢の影たちが、雷雨のように激しく
生命と時を打ち続けている

あるいは 青い光の波が苦しげに渦巻く
遥かな糸杉の村の星月夜の絵のように
記憶の底に住みついている影もいる

  (この頁は全部西日本新聞の元旦付から引用しています。)

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コメント

これ。開いてくださったかた、ありがとう。

純白に落ちて広がる黒い影

長崎忌俳句のジュニア部でみつけた句、いつまでも、残る

残業二時間して帰る車中で聞いたラジオ。

影を消すためには光を消さなければならない、
と箴言ぽいことをいつものおじちゃんが言っていた。

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