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2013年1月26日 (土)

梅東風やデーモン閣下はアーティスト

梅東風やデーモン閣下はアーティスト

東妙寺らんにもらった国民放送公開俳句番組案内状です。
金爆で盛り上がったかささぎブログですが、「ヴィジュアル系」でまっすぐつながる、デーモン閣下がゲストでした。

括弧書きの説明に、アーティストとあって、ぷ。
でーもんがあーてぃすとぉ?
タレント、ビジュアル系歌手と思ってた。

梅東風やデーモン閣下も坊主にて   かささぎ

▼かささぎの用語解説(および自句弁明)

梅東風・・・うめがさくころ吹く東風。うめごち。

坊主・・・句会で一点も入らないこと。

この日、句会で、デーモン閣下の句だけが坊主だった。
かささぎも坊主の悲哀をあじわってきたので、親近感わく。

おおわがともよ。とついこころでよびかける。

で、さ。

かささぎがこの日もっとも感じ入った句。

仮の世のうその頭(ず)の金やはらかに    詠み人知らず

おなじ人(女性)の

梅の花字を書くそれが答になる

この二句、禅問答みたいで。
哲学的で深く、こころひかれました。

番組のなかでの作者(俳人)の説明では、

みちざねのうた、

東風ふかばにほひおこせよ梅の花
あるじなしとて春な忘れそ

の梅の花からの連句的起情句であります。
それがとても自然で、ひかれました。

うそは鷽(うそどり)のことで、神事に鷽替えがあります。
http://www.kyuhaku-db.jp/dazaifu/historic/84_01.html
太宰府名物「木鷽」、題詠でした、もうひとかたの句は、

木鷽さへ飛び翔つやうな梅日和

で、こちらにたくさん点が入りました。
でも、かささぎはうそのずの金がすきだったよ。
うそのずの金というのは、木製の鷽の人形のデザインのこと。
この日のゲストにも挨拶した句で、悪は金だ、との喝破を含む。
なにげにすごいなあ。まいったまいった。

番組では参加者へも句をだすよう命じていて、

樽美酒の尻並ぶ雪の大茶園   かささぎ

というのを出したいと思ったけど、ふるさと自慢j句という限定があったので、地名や固有名詞を入れたほうがいいと、作り直す。

是善社に梅東風生るる朝かな    かささぎ

朝、車の中で、えめさんから教えてもらった、八女下横山の菅原是善神社(みちざねのおとうちゃんをまつる)を詠みました。
菅原是善:http://kotobank.jp/word/%E8%8F%85%E5%8E%9F%E6%98%AF%E5%96%84
是善社のある仏尾(ほとけお)地区:http://www.h3.dion.ne.jp/~gw-fuku/10kaizen/jyouyou/hotokenosato/hotokenosato-index.html
なんと、ここにおまいりすれば、かならずウカルんだそうです。
こうしちゃいられない。いかなくちゃ!!受験生、お願いに行きましょう。

近くに朧大橋があります。
http://tokowotome.cocolog-nifty.com/blog/2010/03/post-1a2e.html

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コメント

らんちゃんの当選ハガキがなかったらこの幸運はありませんでした。ありがとうございます、感謝。
昨夜テレビを見ていたら「うそ」が紹介されていました。 くっきりとして美しい鳥でした。
ぜぜん社>>はい、わが家と友人宅の少ないデータですが高校、大学、就職、100%の合格率です。
昔仕事中、道に迷って行き止まり、左を見たら鳥居が、しかもちょうど娘の受験の最中でね。お導き頂いたのかもと。
美しい谷間の村にあり掃き清められていて静寂。

えめさん、
調べてもどうしてもわかりません。
なぜ道真の天満宮ではなく、その父のぜぜんしゃなのだろう。ということ。
なにか、ここに、縁でもあるのでしょうか。
太宰府の裏手にも道真さんの身内をまつる祠がありましたよね。
だけど、「是善社」で検索しても、八女のここしかでません。

なぜでしょう・・各地に赴任されているから八女山中の神秘と伝説はご存じだったのでしょうか。 是善公の父清公は空海や最澄といっしょに唐へ渡った人とありますね。遡ると天穂日命の家系のようです。
ぜぜん社のすぐ左後山側にも神社があります。
ここまで来ると久留米へ抜ける道があります。たぶん高良山の裏あたりに。 避暑地だったのかな。

エメさん、

おもしろいです
高良山十景歌、もっとよみこめば、人脈がまた別の視点から開けるだろう。
空海の土木工事の本も貰ったのがありました。
何かきっちりとした理由があるはずです。
知りたいですね、、、

是善公、「臨終の際、初冬の梅の季節に自らの法要を営む事のみ一言し・・」とありますね。
晩年は道真公と共に暮らしてあったのでしょうか・・大宰府の梅の木、きれいに手入れされていましたね。

27日日曜朝刊提論明日へは西高辻氏の「大宰府1350年」がUPされていました。 興味の深い内容でした。 それにしても出かけた翌日にタイムリーでうれしかったです。

そうだったですね。わたしも、すごい!とおもいました。西高辻さんの随想も。
これよし、死んだのは旧暦の十月なのに、そんな遺言をのこしたとは、ほんとだろうか、もしや息子の飛梅伝説にあやかった後付け話ではなかろうか。と思っても見ましたが。

菅原道真って、、死後怨霊となった伝説があるように、デーモン閣下よりもっと正真正銘のデーモンであるわけで。そんならやはりデーモンはアーティストですね。

初冬の梅>官僚世界の派閥争いの恨めしさもご存じで経験もされて・・子息の無念さも不憫に思ひ・・などと勝手な空想☆
数年前大宰府文書館で立川生志(当時は笑志)の「質屋蔵」を聞きました。 道真怨霊のおもしろい落語でした。 生志さんは福大落研出身です、・・落研繋がり。

新聞記事の中に空海最澄が中国へ渡る前に宝満山に登拝とありましたね。 これとても興味深かったです。

うん、宝満山は太宰府の鬼門。竈神社をつくってまつったとありましたね。そこをお参りしたのだろう。中国へわたるって、いまみたいに飛行機でいくのとちがうけん、決死の覚悟だったでしょうね。

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