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2013年1月19日 (土)

ミラーボールと移民の歌の時代~コメントまとめ

移民の歌はレッド・つえっペリン1970年のヒット曲。
歌詞うんちく:http://blogs.yahoo.co.jp/hotel_zihuatanejo/23228739.html
ユーチューブ、おもしろいので、失敬してきました。ありがとござんす。最高っす。

コメント


過去に仕事で五穀神社の前を行ったり来たりしてたのに気になりながら一度もお参りしたことがありませんでした。今度ちゃんとお参りします。
「ソシアルダンスアカデミーダイナ」さんはHPがあったのでのぞいてみました。場所はろいりさんがおっしゃってたあたり。
さくらさんの記憶のダンスホールの場所は昔「クインビー」というダンスホールがあった場所かも。高校生の頃は生ロックバンドで踊るライブハウスでした。ミラーボールがあったのでもっと前はソシアルダンス場だったのかもしれませんが・・
知人が40年ほど前ソシアルダンスに励んでいて、久留米のダンス場に通い詰めてました(男性)
場所と山田先生という方の事をいつか聞いてみますね(いつかですみませんが)

投稿: えめ | 2013年1月16日 (水) 09時33分

えめさん、おはようございます。
コメントありがとうございました。

金爆人気を見ていると、みんな、踊りたいのだな。
と感じます。誰でも歌って踊れる感じがしますよね、彼らを見ていると。独特です。
ピンクレディーの頃、近所のむすめっこたちは、あのフリして歌って踊っていたものだけど、。男のってなかったよねえ。ヒップホップはむずかしいし。
じゃいってきます。

投稿: かささぎの旗 | 2013年1月17日 (木) 07時56分

エメさん、ありがとうございます。
そうです、狭くて暗くて古くて・・・という場所でしたがミラーボールが1個燦然と輝いていました。

かささぎさん
身体を動かす、声を出す、リズムに乗る・・・というのは人間誰しも共通に楽しいことだと思います。
むっつりおじさんでもやってみると自然と笑みがこぼれるはず、身体の隅々まで動かせば、頭の働きや発声は自然とついてくる。
これはジャニーズ研究家の私が得たこと。

投稿: さくら | 2013年1月17日 (木) 16時14分

そうですね、1970年前後の「クインビー」は、今で言うクラブ、当時だとゴーゴー・クラブと言ったのかな?ディスコという言葉はまだなかったと思います。

ダンスはうまく踊れない(これ、井上陽水の曲名)けど、2回ほど行ったことあります。西南に現役で入った友人がバンドで出ていた、ということは私が浪人していた1971年のことか。

場所ははっきり覚えてないな~でもダイナよりは櫛原、というより東櫛原に近かったような気が…

投稿: 呂伊利 | 2013年1月17日 (木) 19時39分

石井光次郎は衆議院の議長にもなってるし、自民党総裁選にも出てるし、久留米市名誉市民にもなってるから、どうみても政治家としては格が上だと思うのだけれど。それが解せないわけですたい。

石井の1回目の総裁選出馬の時には、岸信介が1位だったけど、2位の石橋湛山と3位の石井が手を結んで、決選投票で石橋湛山が総裁→首相になったというエピソードがあります。結局その石橋は急病のため2ヶ月で退陣し、A級戦犯容疑者だった岸が首相になり60年安保改定を迎えたわけですが。

戦前は日本の膨張政策を批判するジャーナリストだった、リベラル派の石橋が首相を続投していたら、また違った日本社会になっていたかもしれませんね。

投稿: 呂伊利 | 2013年1月17日 (木) 19時52分

呂伊利先生。
石井光次郎に世話になった人がここ↓(かささぎの旗、「泰山木の家」http://tokowotome.cocolog-nifty.com/blog/2012/04/post-f3de.html)にいます。
それと、あれを言ってたのは誰だったかなあ。
石井光次郎は普通の政治家とはぜんぜんレベルが違っていた、と。以前つとめていた警備会社の女ボスだったかな、それともロビイストの顧問だったか。

きょう、久留米の石橋ぶんかせんたーで雅楽を鑑賞してきました。らんさんのご主人が仕事になって行けず、そのぶんの券をいただきました。
東儀秀樹、十年くらい前、本も買って読んだくらいのファンでして、嬉しかったです。
とってもスタイルのいい人です。
すぐ傍をナースシューズみたいな先のとんがった白いへんな靴に皇族みたいな平安時代の格好で、篳篥を吹きながら入場してみえました。その音色が、まるで赤ん坊の声みたい、細胞のあらゆるところ、あらゆる隙間に入り込み、起きよ、起きよと揺すぶられるような感覚に襲われました。

投稿: かささぎの旗 | 2013年1月18日 (金) 00時30分

追伸。
で、わたしは途中ねむっていたんだって。笑。
いや、たいくつだったからではありませぬ。とってもいい音色だったし、元気になれる音楽だった。だからです。笑

らんさんが、呂伊利さんを覚えているかと聞いたら、
うん、目がギロりとした、まるで服部先生みたいな、余分なことはなにも言われない、余分な肉もついてない、人だったよね。との返事でした。一度しかあってないのに、的確な描写ではござらぬか。
はっとり先生ていうのは、高校時代の数学の先生で、ホネの服部というあだ名でした。彫りの深い顔で痩せておられた。そういえばそっくりです。くくく。

投稿: かささぎのはた | 2013年1月18日 (金) 00時36分

東儀秀樹、1度聴いてみたいですね。
ところで、余分な肉は、ついていないようでついているんですよ。脇腹の肉、これがいちばん取れにくい!

投稿: 呂伊利 | 2013年1月18日 (金) 12時41分

ホール、満員だった。
一人5500円、いくらの上がりだったろうか?
なんて、ちっともみやびじやない、現金なことを話しあいました。

投稿: かささぎ | 2013年1月18日 (金) 15時15分

ちょいとおねいさん。
俳句のほうはどうなっとるね。
もう忘れよるばい。半年かかるのはもう嫌だ。

投稿: ぼん | 2013年1月18日 (金) 20時46分

クインビーは歩道橋を渡り降りたところを北に入った所右側にあり、1階入り口で券を買い細い外階段を上がるとまた入り口があり入り口にもぎりの人がいて入場。 一番奥に低目のバンドステージがあり、この生演奏でゴーゴーを踊る若者でいっぱい。 高校生は入場禁止なんだけどたぶん高校生が半分だったかも。
私のお気に入りバンドはバッカス(名・記憶が正しければ) このバンドはツェッペリンのコピーが本物そっくりにうまく、「移民の歌」の時は聞き惚れていました。 
でもゴーゴークラブ時代って2、3年で終わったのでしょうね。

投稿: エメ | 2013年1月19日 (土) 00時01分

エメさん、ピンポン、ピンポンです。
私が知っているのは昭和37~40年代、それ以降ゴーゴークラブになったことは大いに予想できます。
中年のおじさん先生(当時はおじさんに見えたけど40歳くらい)がふたりと、あとは久留米高専の生徒が数人アルバイトで講師をしていました。
その講師たちがハンサムでこれ目当てにみんな行ってたふしがあります。

投稿: さくら | 2013年1月19日 (土) 09時18分

す、すごか。
えめさん、どんな女子高生だったんや。
いまでいうヤンキーかい。
記憶が当時のまま。そのままを再現できる。
あたしは前回のエメさんのコメントに出てくる、ミラーボール一個が燦然と輝いていたってのにいたく心動かされて、だれかこれでいっちょう歌をかかんかな。とおもったくらいです。題、ミラーボール。

投稿: かさ。 | 2013年1月19日 (土) 09時46分

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このコラボ曲、凄! 感動!! よく見つけましたね~~!!!

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