無料ブログはココログ

« 平成23年患者調査(4) 外来患者数傷病別 | トップページ | 黒木町の今で正月の花を »

2012年12月22日 (土)

白秋と逍遥

さくらさんのブログをウロウロしていたら、かささぎのあたまに連句的に坪内逍遥が出てきました。
その次の日のこと。(えーと一昨日です。)

こないだ八女図書館で借りてきた本を何気なくぱらぱらしていたら、出てきました、その逍遥さんが!

北原白秋と坪内逍遥の関係。
私は筑後の人間ではあっても、白秋がどこを出ているかなど知りませんでした。
なんと早稲田大学英文を中退しています。
そこで、なにを学んだか。

彼は坪内逍遥の授業だけに出て、ほかはあまり受講せず、あとは好きな詩歌にふけっていたんだそう。
へえ~。
つぼうちしょうようといえば、小説神髄ということしか知らないなあ。
一冊も読んだこともありません。とこんなとこで胸をはったってなあ。
でもネット検索すると、
シェイクスピアを日本で初めて翻訳した人として出てきます。
なるほどそうか。
白秋はこの人を伝習館中学のころより、ひたすら尊敬していたのですね。
それで早稲田へ行ったのだそうです。
やま椿さけるを見ればいにしへを幼きときを神の代をおもふ   逍遥
細葉樫秋雨ふれりうち見やる石燈籠のあを苔のいろ       白秋
(岐阜美濃太田町の望川楼隣にある臨済宗の寺、祐泉寺にある師弟歌碑)
この歌の碑が建立されるいきさつは、この本にありますので、どうぞご覧ください。
まだここの部分しかよんでいませんが、面白い本、よく調べられているし、簡潔にまとめられている本です。
すっきりとして、とても読みやすいので、たいへんありがたし。

文学者のつながりがみえ、白秋の興味のゆくえがみえ、時代がみえる。
『響きあう白秋』  北原東代・著
    (平成22年1月短歌新聞社刊)

« 平成23年患者調査(4) 外来患者数傷病別 | トップページ | 黒木町の今で正月の花を »

コメント

この間早稲田祭行ったとき、大隈重信記念館とともにもう一つ見てこようと思っていたのが
坪内逍遥演劇博物館だったんですが、怒涛のような若い学生の多さにすっかり血迷って、いくの忘れてきました。
白秋とそんな関係だったんですね。
その気になれば又いつでも行けるんだけど、なかなか行かないですね。


話は別ですが、今パソコン指導で伺っているお宅、お父さんが夏目漱石さんと親しかった方で、直筆の手紙などがいっぱいあって、特別展などがあるときに資料として提供するための管理をされていますよ。

さくらさん

きょうは何も食べずにこもります。
食欲なし。母も。

文豪の自筆の手紙ですか。
毎年夏と冬の二回、神田の古書店から目録が送られてきます。それによく名ある作家の肉筆の原稿が売られています。漱石だと一枚うん万円かもしれません。
ところで、今日西日本新聞で文芸欄の一年間の褒賞がなされていて、俳句、星野椿選の第二席、

逆縁の子が渡りゆく天の川   大牟田の俳人でしたが、名前失念。すみません。句は覚えたのになあ。

この句、印象深し。
といいますのも、きょうはイブ、農学校の女生徒が亡くなった日だからです。おやごさんはどんなにつらかろうと。

さだまさし作詞、加山雄三作曲で「逍遥歌~そぞろ歩けば~」というのがあります。最近の曲です。

かささんのおかげで逍遥の意味を調べてあったので
すぐ理解できました。

うわあああ。やっぱりさくらさんは霊的だ。
どうもありがとう。こういうのは偶然じゃないものね。
唱導されている。あどヴぉかしい、というやつですね。
探してアップします。ありがとうござんした。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/6513/48419478

この記事へのトラックバック一覧です: 白秋と逍遥:

« 平成23年患者調査(4) 外来患者数傷病別 | トップページ | 黒木町の今で正月の花を »

最近のトラックバック

2017年7月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31