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2012年11月27日 (火)

西洋医学の伝来~アルメイダが長崎に残した足跡

保健医療経営大学学長

橋爪 章

2012 年 11 月 27 日 西洋医学の伝来

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大分市に日本発の西洋医学の病院を設立したルイス・デ・アルメイダ(1525-1583)の伝記が長崎大学のホームページにありました。
http://www.lb.nagasaki-u.ac.jp/search/ecolle/igakushi/almeida/almeida.html
それによると、アルメイダは長崎に始めてキリストの福音を伝道した修道士なのだそうです。
外科医であったアルメイダは、貿易商としても名声を得、財を成し、1552年に初来日しています。
その時、山口でザビエル後継のトレス神父に出会い、富と名声を捨てて日本で宣教する決心をして、1555年(天文24年)に再来日しています。
アルメイダは南蛮貿易の中心地であった平戸に上陸しましたが、当時の平戸の領主はキリスト教に不寛容であったため、大友宗麟の領地である豊後府内(大分市)に赴いています。
そこでアルメイダは、親による幼児殺しの現場を目撃し、私財を投じて孤児院を建て、翌年、巨万の富の全額をイエズス会に寄進し、修道士となりました。
その翌年の1557年、トレス神父の命で、大分市にハンセン病棟と一般病棟からなる病院を建てました。
病院の運営は信徒組織に委ね、必要な薬剤はマカオやゴアから取り寄せました。
その後、トレス神父はアルメイダを長崎に送り、1567年、アルメイダは長崎に初のキリスト教会を開いています。
長崎がイエズス会の活動拠点として定着するや、アルメイダの布教拠点は島原、天草に移り、1579年には司祭として天草全島の責任者となり、1583年、アルメイダは天草に没しています
私へ医師になる動機を与えてくれたのは天草の病院の方でした。
その方との出会いがなければ私は医師にはなっていません。
そして山口大学ではサビエル教会のプロット神父とドイツ語の授業を通じての交流があり、私を含め多くの医学生が精神的指針を授かっています。
そして今は、何かのご縁で、大分大学と長崎大学の非常勤講師として、学生教育に携わっています。
イエズス会やアルメイダから始まった大きな流れの中に自分自身が位置しているのを強く感じる次第です

(保健医療経営大学学長ブログ転載)

▽かささぎの旗のひとりごと

このブログへ転がり込んできた竹橋乙四郎は、自己紹介を兼ねて、読者サービスめいて、自身の半生を以前、綴っていたことがありました。
それをいつかまとめねばと思いつつ、時間がなくて今はまだかないません。

振り返りますと、あたたかなご縁をいただいたと思います。
親子ともどもお世話になっていますが、また、わたしの周辺に自然とできた連句会の皆も、おなじ思いであります。
このところ、ご隠居から鋭いつっこみを頂戴しましたが、そういう有難い、親切なお声をも糧としながら、前を向いて歩いて行けますのも、なんと申しましょうか、保健医療経営大学と学長についておられる神さまの御加護をひしひしと実感できるからにほかなりません。

読者のみなさま、本当にいつも、ありがとうございます。
いつまでたってもさほど成長しないかささぎですが、お見守りください。

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