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2012年10月 6日 (土)

メキシコの写真家、ブラボの作品「民衆の精神科医」1942年

▽「幻の命」記事がずっと一位であることの意味を考える

それともう一つ、こうではないか。と思うことは、ブログ記事へつけた見出しのことばです。
咄嗟に思いついてつけた題でしたが、
精神科医とその患者かささぎ。という言葉が、この歌をうたうフカセさんの紹介記事と相まって、ダブって見えるのかもしれません。
どのくらいの病であるのかだれも全く知らないにもかかわらず、歌をうたっている人のキーワードとしての精神病患者ということばが一人歩きしている。知らないということは神秘的な謎、魔力でもある。
穢れ無き少年のような声、すがたを支えているのが、その病であるかもしれないということにきづくとき、いたましさも抱きます。

ところで。
斧田千晴こと山内令南が生前贈与してくれた本に、メキシコの女流画家の画集がありました。
ウイメン・シュールリアリスツ・イン・メキシコ(英文)
というのが原題で、「フリーダ・カーロとその時代」がサブタイトルの本です。

さて、その最後のほうに併録の同時代の女流報道カメラマン、ブラボの作品に、「民衆の精神科医」と題された一枚があります(上掲)。
1942年の作品。ゼラチンシルバープリント。
解説にこうあります。

「現在では消え失せた40年代のメキシコ人の生活に潜むシュールな光景である。祭りの広場で知性からはほど遠い男が、臨時に小屋を建て手縫いのカーテンを引く。悩みをもつ客が中に入って相談し男は答える。両者とも真剣である。」
その小屋というのが、人一人背をかがめてやっと入れるくらいのテント。カーテンが引かれていて、中は見えないが客の靴先だけが一本かろうじて写っている。
答える男は麦わら帽に薄汚れたシャツ、作業ズボン姿でしゃがみこんで画面に背中をみせている。
日本でおなじようなものを探すなら、きっと場末の占い師の仕事がもっともこれに近いのではと思えます。

人の話をきいて、助言または何かのヒントを与えるという仕事は、必ずしも知性が必要とは限らない。まったく別の視点の、突拍子もないところからくれるヒントが悩める人に光を導いてくれるときだってあるだろうから。なにより人は見ず知らずの人に自分の抱え込んでいる悩みをきいてもらって、あれこれいってほしいとおもうものなのだ。ゴミ箱にごみを捨てにゆくように。

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コメント

ゼラチンシルバープリント

というのがデジタルになる前の銀塩写真らしいです。では、あれかな。銀幕っていうでしょう、映画のこと。あれもそれかな。

ブラボのなまえは正式には、「ローラ・アルバレス=ブラボ(1905-1993)」です。夫が有名なメキシコの写真家のマヌエル。
ブラボの写真では、(かささぎの見た中では)
「そよ風の中で返し縫いして」
「神父(教会の香部屋係)」
「女子大学」
がとってもよかったです。

おお。
ここを開いて下さった方、ありがとうございます。

これが読まれています。何故だ。
セカオワ深瀬のせいかな、それとも、山内令南。
ぶらぼのことを知りたいからかなというより、そっち思ったよ。やはり。

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