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2012年10月12日 (金)

眞鍋呉夫  「おそろしい人」 その2

おそろしい人 (昨日からのつづきです)

  眞鍋呉夫

ところが、この巻に収録されている『芭蕉』が〈日本思想家選集〉の第二冊として新潮社から刊行された昭和十八年の十月にはすでに招集を受け、豊予要塞重砲兵聯隊麾下の一支隊に所属する通信兵として、大分県佐賀ノ関と愛媛県佐田ノ岬の中間に位置する高島という無人島に駐屯していた。しかも、その年の五月にはアッツ島の守備隊が玉粋し、翌十九年の末には東京が空襲を受けた。更に、翌々二十年の四月一日には、ついに米軍が沖縄本島に上陸したという。
 だから、『芭蕉』を読むことはおろか、それが刊行されたことさえ知らなかったが、多分、米軍の沖縄上陸を伝えられてから五、六日目の日没後
まもない頃のことであったろう。たまたま、島の頂きで対空監視の任務に就いていた私は、突然、不思議な錯覚にとりつかれてその場に立ちつくしてしまった。なんと、高島と佐田ノ岬の間に巨大な鋼板が心持青味を帯びた月に照らされて鈍い光を放ちながら、すこしづつ南の方へ移動していくではないか。
ーそれが、戦艦「大和」の出撃であることに私が気づいたのは、その最後尾が高島と佐田ノ岬の間の水道を完全に離脱して更に数秒後のことであった。

 なにしろ、世界最大の戦艦が出撃したのである。しかも、その主砲には一斉射で十機からなる敵の編隊を撃墜した実績があるという。だとすれば、その威力を発揮して、一挙に現在の頽勢を挽回してくれるかもしれないではないか。われわれはなにかひとつ、小さな灯がぽっと胸にともったような感じでそう思ったが、その結果は無残であった。

それから四ヶ月後の九月初旬、私が福岡の父の家に復員して最初に読んだ吉田満の手記、『戦艦大和ノ最期』によれば、「大和」はわれわれがその南下を目撃した翌日の正午過ぎから敵機と敵潜水艦の間断のない集中攻撃を受け、それから二時間後にはもう完全に巨大な鉄塊と化して海底へ沈んでいったという。吉田はその最期を悼んで、

  徳之島の北西二百浬の洋上、「大和」轟沈して巨体四裂す
     水深四百三十米  今なお埋没する三千の骸(むくろ)
  彼ら終焉の胸中果して如何

 という悲痛な弔辞を手向け、もはやその「三千の骸」の一体と化したかつての哨戒長白淵磐大尉の生前の、次のような言葉を文中に書き留めている。
 「進歩のない者は決して勝たない 負けて目ざめることが最上の道だ」

 それでは、白淵大尉が口にしたという「進歩」とはいったいどういう意味だったのかといえば、私がそれからまた半年ほど後にようやく読むことができた『芭蕉』の中で、保田は次のように書いている。
 「西鶴の描いてゐたものは、隆盛に向ひつつある市民への奉仕に終始する文藝に他ならなかった。それは市民階級の勃興などといふことを重んじる、旧来歴史観から見れば、進歩的と云ふべき態度である。(中略)しかもこの態度をさして、芭蕉がいやしいと云うたのは、民族の詩人たちの志の歴史の思想に立脚した批判である」

 この一節を深切に読めば、わが国の富国強兵的な近代の成果の象徴としての「大和」を造りあげた諸力が、夙にこの頃から台頭しはじめていたことが分るが、私はだからといって白淵大尉の最後の立言を批判しようとしている訳ではない。いや、むしろ、今も「大和」の残骸の底に横たわっているであろう白淵大尉が思いえがいていた「進歩」と、保田のこの一節が示唆している内実とはほとんど同義なのではあるまいか、と言っているのである。
 また、だからこそ、芭蕉は「僧に似て塵あり、俗に似て髪なし」と称し、あるいは「世道俳道二つなし」と称しつつ、いかなる覇権に対しても、媚びず、同ぜず、諂(へつら)わず、業俳でも遊俳でもない狂俳の時空へと超出していくのであるが、ではその芭蕉の遺語の中でも最も人口に膾炙している「夏炉冬扇」、あるいは「不易流行」という二つの対語の本義はどういうことなのか。それは、これまでも多くの人々が安易に思いこんできたような仏教的な空観とは似て非なるもので、

 「我々の祖先は、一瞬や一刻に永遠をみるといふ瞑想的観念論を妄想して喜んでいたのではないのです。彼らは生活であり、生命存続の原因である米作りの周期を「とし」と考へ、この『一年』を循環するものと考へ、永遠に循環するものの根拠と考へたのです」(『絶対平和論』)

 と、保田は言う。これを要するに、芭蕉は有史以来、武家の専権に耐えて米づくりにいそしんできた生民の生活感情に依拠し、わずか十七字のやまとことばに「はらわたをしぼつて」(『三冊子』)
 

  田のヘリの豆つたひ行(ゆく)螢かな

 と、その米づくりにともなう四季の気象や風物や行事の循環の機微を昌化し、永遠化して、「万世に俳風の一道を建立した」というのである。(つづく)

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