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2012年9月26日 (水)

秀野忌に

なにか秀野さんの一句をひこうと思って、自分のノートをめくった。

やはり最後の章だ。

下京西木屋町で詠んだ句。

木屋町

鳥渡るをみなあるじの露地ばかり

落葉して乞いに齢なかりけり

かたい、乞食のことなんですが、秀野の語彙は豊饒で、かたゐのいの字は正の下のつっかえ棒がぐいんとひん曲がった漢字が使われています。ところが、かささぎの手書き入力パッドでは、この字は出ません。

http://kan-chan.stbbs.net/word/pc/kojiki.html

きのうらんちゃんからもらった原爆忌の句集をみてたら、こんな句発見。

したたかにヒバクシャわたし生きてます  犬童ともよ(長崎)

いいなあ。岸本マチ子先生が選んでおられた。

※下に、岸本先生のコメントを引きます。

「今回特選にえらばせて戴いた444(※これは作品番号、ちなみに全部で810句、ジュニアの部は除く)「したたかにヒバクシャわたし生きてます」の句に打たれました。わたしの句友もしたたかにヒバクシャで今年78歳。まだまだ元気で広島被爆の語り部をしている。その上彼女の母親は皮膚がぼろの様にたれ下る程の重症患者であったにも拘わらず、与えられた消毒薬だけでなおし、95歳までご長寿を全うされたのだから驚く。是非お元気で長生きして下さい。」

この句、もしこの先生の推薦文がなければ、私の目にとまっただろうかと案じられます。
なぜなら、したたかに、という言葉がもう平和を祈るこころから遠い気がして、外してしまっていたような気がするんです。

しかし、よく考えると、去年のあの災害から、被害者面ばかり増えていては、世の中が回らなくなってしまっている。思想の転換が起きなければならないのは必至であった。
すごいな。長崎の原爆忌俳句大会作品には、もうすでにその兆候が現れていることに感銘を受けてしまった。

朝、仕事に行く前の三十分ほどでブログを書いているが、今名前をみて、あっと思った。
さくらさん、犬童さんでしたよ。この姓、大石政則日記に出てきましたよね。忘れませんとも。
ところで、八女の洋画家、杉山洋先生はヒバクシャでいらした。
ブログを読んで気づいたことです。
先生は俳句にも通じておられることだし、既になにか詠んでおられるのではないかと思う。
知りたい。

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コメント

沢都です。
先日は、隣組お疲れ様でした。地元の昔話はおもしろかったですね!

長崎原爆忌記念俳句に 今回、初めて投稿しました。これからも続けて投稿できればと思います。


ときこさん、
きつかったでしょう?
あんなに長っ尻とは、お社日さんもびっくりなさったでしょうね。ご主人に手伝って貰えて良かった。
皆がみな、腰痛もち、一人げんきなんは、気がきかないときたもんだ。ほんに役立たずで申し訳なかった。

原爆きの大会作品集だけはきちんとよみますから。
みやこさんも出してたの。らんさん夫婦のもまだ読んでない、批評だけです。来年は出すから

告知され戦後生まれの原爆忌  澤田都紀子
爆心日夾竹桃の赤になる

ときこさん。爆心地ではなく、爆心日とは言い得て妙。
また、告知されの一句。
わたしは、きのうオルフェの日記で彼女がalsという難病であるとはじめて知りました。告知をどんな思いで受け止めたか、製薬会社の人に取材をうけて、聞かれたことをすなおに書いておられた。もう忘れた。と。
なんと残酷な問いだろう。怒り出したかっただろう。けれども、質問者をかばって、好意を寄せている文章を足でつづっているオルフェさん。とっても感動しました。

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