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2012年8月19日 (日)

円錐 54号より  「姉上京」の句

前号一句評

  評者・横山康夫

姉上京雛の位置も左右為む   小倉 紫

兄弟姉妹の間柄といふのはいろいろな関係があつて面白い。ここは姉妹であらう。雛祭りに母親や姉から教はりながら雛を飾つた思ひ出を持つ妹の立場から詠んだものか?

恐らく妹にとつては少し苦手な手強い姉が雛祭りの季節に突如来訪すると言つてよこしたのだ。さあ、大変!内裏雛の位置は地方によつて左右が逆になるといふことがある。「雛の位置」はそのことと関係があらう。生活の場が異なり、習慣も違ふ所から来る姉の、この地の雛飾りを見たときの反応が妹の目に浮かぶ。「左右する」といふのは、「思ふやうにする、決定づける」といふ意味である。雛の位置が姉の気に入らなければ、「雛の位置が違ふよ」とばかり置き換へるのは目に見えてゐる。同時に姉の滞在する期間中、さまざまな場面で、妹は頭の上がらぬ思ひをするのであらう。「雛の位置も」の「も」が一事が万事であることを如実に示してゐる。

「姉上京」は、一見昔の電文のやうな伝達を表すだけのフレーズだが、中七・下五と絡んで、少し慌てる妹の心理を含み意外に面白い。

▽かささぎの連句的

石橋秀野
東京時代昭和17年の一句

「姉上京」

はらからに家紋の羽織なつかしや  秀野

この姉は茶道師範をしていたアグリであるが、上京の前書を見れば、まるで奈良に残っていたかのように読める。秀野の介抱と、安見の満一歳のお誕生を祝うために上京したのでは・・と。
三月末、奥八女の黒木にある忍月資料館で読んだ山本安見の随筆では、父健吉の次姉にあたるかつみ伯母のことには多くの言及があるが、あぐりのことは何も触れられていないのが心に残った。安見さんはさすがに秀野の残した愛娘だけあって、なんとも真っ直ぐな文章を書かれるのである。例えば、幼い時にかつみ伯母の家でやった廊下に蝋を塗るという悪戯ー気取った毛皮の客をスッテンコロリさせるためのーの話や、雛壇がなくて健吉の蔵書を積み上げ、赤い布を被せて雛祭りをしていると、急に父が本を探しに来て、雛壇はたちまち修羅場と化したことなど・・。面白いのだ。『石橋秀野ノート』126頁より引用。

いま、引用していて、思ったこと。

ことし、父がなくなって、喪主はもちろん妻である母がつとめたのですが、喪主挨拶をわたしがすることになり、なにをしゃべったか記憶にない。というよな話をしでかしてしまい、あとで親戚のだれかれから、あそこまでいわずとも。とたしなめられるというか、そしられるといいますか、なじられた。

で。
喪服の着付け師があの日着付けしてくれながら、こういわれた。

男は苗字を、女は家紋を継承する。といいますよね。と。

この意味をあとでよく考えようと思っていたことを、むらさきさんの句をよみ、横山先生の批評をよみ、秀野のこの句を思い出して、今また思い出してしまった。
でも、やはりよくわからない。
結婚後はその家の家紋になるんじゃないのでしょうか?
私は嫁には行かなかったから、そのままだけど、普通ははどうなんでしょう。
あなたはどうですか?

参考:「女紋」http://www.omiyakamon.co.jp/onna-mon/03-3.html
む、む、むずかしい・・・。

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