無料ブログはココログ

« 社会医療診療行為別調査(1)  統計を読む | トップページ | 矢部川 宮野辺り »

2012年8月14日 (火)

黒岩先生

きのう、初盆の法要を無事に済ませることができた。
お坊さまはとっても忙しそうで、次から次へ檀家まいりをされていた。
声が嗄れていらして、途中、横からそっとお茶をお出ししたのですが、そのまま読経を続け、終わられました。お時間がなかったのですね。本当にありがとうございます。

私は午後から数軒の親戚の仏さんまいりに出かけた。
上陽の北川内へ行く途中、昨夜来の雨でまたまた川が濁流となっている。
恐ろしい。しかも道は片側通行、あちこちで危ない箇所が目に付いた。
最もショッキングだったのは、水神・中島くらのすけさんの石碑がある水天宮近くの荒れ果てたガレキ積み上げ。それと、上陽町の入り口にあった有名な石橋が壊れていたこと
あー・・・なんてこと。(お詫び:石橋は全部無事だったそうです。かささぎの目は何をみたんだ?橋の途中でとぎれていたよにみえて、てっきり倒壊したのだと思って通り過ぎた。走りながらのちょい見ですから。今朝18日の朝刊で確認。すみませぬ。確認もせず申し訳ありません。)

帰宅してくたびれてぐたっとしていると、お客様がありました。
誰かと思えば、黒岩先生でした。仏様を詣らせてください、と。
去年再入院前に、父を往診してくださった先生です。
こちらのほうこそ、まだご挨拶にも伺っていませんでした。

「今年は二十人の初盆があります。」

と先生はおっしゃった。
ご縁があるお方の仏壇に手を合わせにいかれるのでしょう。
それだけでも黒岩先生の暖かい人柄を感じ、ありがたいとこちらのほうこそ先生に手を合わせたくなりました。

きのうは父の里の福岡へ仏さんまいり、今日は今から妻の里の甘木へ仏さん参りに行きます。とおっしゃるので、ついつい先生のおうちのご先祖談義に耳を傾けてしまいました。
先生には医者になった息子さんが二人いらっしゃるという話から、連句的に聞くともなく話してくださった、八女福島町の代々のお医者さんちの二代目がどうなっているかの話が耳に残った。
都合よく息子が医者に育っても、家の医業を継いでくれるとは限らず、よその医家でやっていたり(養子になったって意味)開業しない研究者としての医師になったりして、意外にも今多いのは、自分の医院を他人に継がせることだとか。たとえば、○○泌尿器科は○○先生のずうっと若い後輩が引き継いで今やっておられるし、どこそこのなになに外科も息子が帰ってこなかったので、別の医師がやっています、というふうに。なるほどねえ。

聞きながら、お寺さんとお医者さんはどこか一脈通うものがあるなあ。と思った。
どちらも徹底したサービス業ですよね。

百まで生きた祖母は黒岩先生に看取られてあの世に旅立ったけど、父も先生の往診を受けられてよかった。
お世話になりました。

« 社会医療診療行為別調査(1)  統計を読む | トップページ | 矢部川 宮野辺り »

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 黒岩先生:

« 社会医療診療行為別調査(1)  統計を読む | トップページ | 矢部川 宮野辺り »

最近のトラックバック

2020年7月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31