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2012年8月15日 (水)

九州俳句誌 共鳴抄

中尾和夫・選

寒卵老いの一徹足りている   阿辺一葉
春愁い瞑りし百の佛たち     上野正司
ていねいに枯野上ゆく人なりし  高尾日出夫
不可解なやつだ海鼠を噛んでゐる  田中二史子
大寒の底より大根つかみ出す     谷川彰啓
水被ることも汚染か灌仏会      谷口慎也
噛みしめて日永のひと日ずつ癒える  長尾キヌヱ
口割らぬ浅蜊ひとつは曲者なり     長島富美枝
わらわらと人死ぬときも蝶生まれ    中村重義
空海の遠まなざしや霾ぐもり       野田遊三
龍天にのぼる私は眠くなる        秦  夕美
ふくしまやあかくならないからすうり  疋田恵美子
朝火事のあと昼月のきておりぬ    前川弘明
訳ありの林檎おいしく召し上がれ   山口木浦木
柩から翔びたつ雉を見送れり     山本悦子

※霾ぐもり・・・よなぐもり。風にのった黄砂で曇ること。

以下の文章・中尾和夫

俳誌「海程」の一頁目は主宰・金子兜太師の近詠で飾る。五月号の中の一句。

  「中島偉夫他界」
人のためにこの人ありき春怒涛

去る三月五日、私たちの仲間であった日南市の中島偉夫氏が急逝された。同じ日南市に釈迦郡ひろみさんという、15歳にして重症筋無力症という難病に罹り、50年以上の闘病生活を送っている俳人がおられる。古くからの海程同人であり、故山下淳師の弟子であった。
この孤独の俳人の存在を宮崎日日新聞紙上で全県下に知らしめ、「続・無口な筋肉」という釈迦郡ひろみ全句集出版のために仲間に寄金を呼びかけるなどの裏方をされたのは中島偉夫氏であった。
宮崎県俳壇の指導的立場の人であっただけにその急逝が惜しまれるとともに、そのお人柄が偲ばれてならない。

「九州俳句」167号(2012・夏号)より引用しました。

▽かささぎの旗より  

中島偉夫氏を送る言葉

わたしは中島ひでおさんに一度もあわないままでした。
が、「エラオさん」と名前に勝手にルビをふって呼んでいた。
いつぞや、この方の次の句にこころ打たれて一文を書いたことを懐かしく思い出します。

  少年の日向ぼっこは下を向く   中島偉夫

ここに中島さんからのていねいな返信がある。
それをよめば、この方のすごさがわかる。
わたしは何も知らなかったが、このお方は私の生まれる一年前にはもう俳句を始めておられたのですね。
鶴に籍を置かれていた、秀野さんの後輩でいらした。

いまでもこの句の中の少年は生きている。
作品は生き続ける。死なない。
ありがとうございました。

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