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2012年8月27日 (月)

北汭(ホクゼイ)といふ名の学び舎

北汭(ホクゼイ)と読むのですね。
意味は、川が合流し、うずを巻き、力をためて、またあらたに流れ出すこと、だそうです。(上陽北汭学園ホームページの校名の由来による)

いや、その、お盆と正月の仏さん参りに北川内の親戚の家に行くのですが、その隣にある学校の名前が前と変わっていて、字、読めなかったものですから。
さきほど、杉山のおんじいブログに行ったら、読めました。

なにも知らなかったなあ。びっくりしました。
http://ameblo.jp/yameyobanashi/entry-11331495189.html

そういえば、親戚も牛島です。
で、息子は人形師。
(あのやめにんぎょうかいか~ん、の宣伝にはいつも彼が出る)
これは関係ないですか。

山本健吉の父である石橋忍月やポテト王の牛島某を輩出した北汭(ホクゼイ)義塾の名前を冠した学校のすぐ前にわが親戚の家があるとはじめて知ったものですから。
小中一貫校になったのですね。http://joyohokuzeigakuen.jp/

あとは本庄せいせんの川崎塾がどこにあったかを知りたい。
本庄星川。

杉山先生の引用で、矢部線のほかに軌道が敷かれていたこともわかります。
あの中薗英助の南蛮仏に出てきたのはそれですね。

幾千代も散るは美し明日は三越  攝津雪彦  
                    昭和51年「鳥子」所収

三越の鐵扉小暗しほたる買ふ   石橋秀野
                   昭和15年7月

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コメント

ああ、すみません!
ゆきひこが幸彦ではなく雪彦になってる!!
確認したのにねえ。ちょっとこわいなあ。
前田先生の眞鍋先生ホックへの脇が、雲ひとひらを残し逝く夏だったのに、かささぎの旗(九俳連載)では、雪ひとひらとなっていて、わたしはとってもびっくりしたばかりです。
まるで、眞鍋クレオの背後にいる、いた、矢山哲治がやったかのような。矢やまは雪女が好きだった。

六年前ころ、いやもっと前だか、高木一恵さんから立原道造記念館を案内してもらったとき、一冊の資料集にあった僕にはカラスがいるんです、という立原のふしぎな言葉に立ち止まった。
そのときのざわざわした心騒ぎ、それとおなじものを、いま読んでいる田中艸太郎のこをろの時代でも感じます。
田中さんが生きておられればよかった。

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