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2012年7月 8日 (日)

打電かな、九句目、ください。花が打越です。

1「打電かな」歌仙  起首:平成24年晩春

花の句を案ずる如き打電かな   かささぎ  春
  卒業証書授与式を賀す       整子   春
できたてのシャボンの虹の蛇行して  乙四郎  春
  縦長になり進む自転車       呆夢   雑
先頭の子の目の先は月ばかり    兼坊    秋
   律の風いま鳥と分け合ひ     らん    秋


青きシダ敷かれて美(は)しき茸(たけ)の籠  せいこ  秋
  懸賞金で追はれたる人            そらん  雑
足音を聞けば尾行者かと思ふ   兼坊 雑
  別れてすぐになぜか会ひたい   ぼん  恋
湘南のヨットハーバー高き波      せいこ  恋・夏
   錠に錆あり 夏の夜の霜    みやこ  恋離れ・夏
暗闇の下山くちびるをぶ厚くし    金子とうた 雑
   気管挿管きはめる倫理     あおい太郎  雑

ちょい、たんま。

金子とうた、下山の唇を突き出している、かみしめている。とはどこにも書かれていませんが、そんな辛抱感がある一句。これ、円錐誌で拾いました。ことわりもなく、なげこみました。

なにか、問題がありましたら、かささぎの旗へ御申し出ください。
さすが、大家。ものに語らせ、いわせません。
動物的ともいえる原初的な感覚が一句から立ち上る。

気管そうかん、これはあおい研修医ブログで拾いました。
これも、わかります、よくわかります。
父が看護師さんからと介護士さんからやってもらっていました。
最晩年、父付きのベテラン看護師さん、驚くほど大胆に奥までつっこんで、きれいなおかおで、よおくとれたわ。とおっしゃった。みていてはらはらした。
http://meds2.cocolog-nifty.com/blog/2012/07/post-f38b.html

どうなんだろ。
かささぎがインターンブログから句を盗む事、これは倫理を踏み外すか。
それで石のたまごは割れんだろうか。
と心配しつつ、乙四郎ブログで知った、医師のプロフェッショナルフリーダムということばに救われ、前に進むことにする。

ここいらで、述懐、無常、しゃっきょう、神祇の句、出ませんでしょうか。
もうすぐ花です。

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コメント

9句目  案  雑でよければ

靴底は知らないうちにすり減って

ことわりを先に言い出し翻る

靴紐を結びなおして涙ふく

僭越ながら意見です。

倫理を踏み外す、というよりルール違反の気がします。価値観の違いかもしれませんが、もしも、自分が相手の立場なら、よい気はしない。

石のたまごを割るなら、それなりの責任と覚悟、それに掛ける力や時間の余裕が必要ではないかな。
家事や介護、こどもや孫の問題、仕事といった諸々の大仕事を抱えた我々が、いまできることではない気がする。
連句や俳句は、自分の主張を自己責任の範囲で詠いたいし、なにより楽しく続けたい。

裏の7句目からやり直しませんか?付け句出します。

みやこさん
止めてくれるなおっかさん
金子兜太のくらやみの下山のもつリアリティ、これ以上の付けがあれば折れるが、このまま倫理も道理もふみはずして、行きたい。と思うかささぎは、昔からちっとも辛抱ができないままだ。

今休み。
暗闇の下山句ですが、なぜこうもギリギリの現実感を与えるのだろう。と言うのが一つ、そしてなぜこれが俳句なんだろう、というのが一つ。
だれかかささぎに答えてくれないか。

金子先生ほど有名な方の句ならば、逆に公のことのようにも思われるし、ブログからの拝借も、ブログそのものが不特定の人たちへの発信だから、私の感覚が鈍くて古いのかもしれませんね。
でも、自分はじぶんであります。ここんところの考えは変えられない。

かささぎさんは、かささぎさんらしく進めてくださいね。余計なこと言いました。ではでは!

みやこさんありがとう。
いつだってあなたはきちんと筋を通す。そこが今の時代にはとっても新鮮です。相手にことばで伝えることはだいじだ。ことばでつたえる。かんがえたら、それしか、ないものね。

わたしは以前おどろいたことがある。
それはまだこどもたちがこどもだったころ。
年に一度の地域の親のあつまりで、なんだったか忘れたけど、あるひとたちがいったことにたいして、あなたは手をあげて、まっこうからそれは違う、かくかくしかじかであるときちんと反対した。ほおう、と思った。これまでここらにはいない人材でした。じぶんはまっすぐすぎるとおもうけど、私以上にまっすぐでひたむきなのが、沢都という俳人です。

古風であり、昔気質であり、人のいたみがわかるみやこさん。いつもかささぎをひきとめてくれてありがとう。ほっとくと、ついあっちがわへいってしまう自分の欠点、重々わかってはいるんですが。
みていて、これはいかん、正気をなくしているときづいたときには、また糸をひいてくだされ。

金子とうたは大家ですから、チョサクケンのどうのとけちなことはいわないだろう。というおもいがあったのと、それから、あおい研修医さんは潜在的な書くことへの希求がおありで、連句むきではないかと感じた。連句はだれでもいいわけではないんだ。あっちのほうから声がかかる。運命的な機縁がなければできない。
俳句の雑の句。みえない前句と付句にむかって書かれた独白みたいだよね。
わずか17音でその場につれさられ、たちあわされる臨場感がすごい。

いえいえ、いつものお節介で。
ぎゃあぎゃあ騒ぐほどのことではありませんが、超多忙なかささぎさんや、棺おけに片足突っ込んでる連衆の私が、渦に巻き込まれたくないと思ったからです。
確かに、これ以上の7,8句の流れはないと思います。

糸ひき、おっけい!
お任せあれ(v^ー゜)!

棺おけに入ってはいかんよ。
まだやることがあるけんね。

毎日ではないが、二日置きくらいで、大型すちこんを木枠に梱包します。
上から蓋被せ、釘打つ時、ふとよぎる思いは。
ガイカンロクと言うことば!へんかんできん

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