宮部鱒太氏を悼む 野田遊三
宮部鱒太氏を悼む
野田 遊三
「九州俳句」創刊当時からの同人宮部鱒太氏が去る一月亡くなられた。毎年桜の頃になると決って思い出される鱒太句に、
戦友は別のさくらを見ていたり
というのがあるが、今年の春はとりわけこの句が深くこころにひびく。若くして俳句と出会った青年鱒太は、戦時中中支戦線に従軍下の二十代半ば、熊本出身の大尉らと「戦場の句会」を催すのが唯一の慰みであったというから、その俳句狂いは相当のものであったことが伺えよう。戦況は熾烈を加え、あまたの戦友が散ってゆく。そうした状況がこの句の「別のさくらを見ていたり」、に哀しく込められている。捕虜生活中に句仲間と密に成した句集「赭土」(捕虜兵舎のあった中支江西省九江は赤土地帯であったとの由)は、終生氏の宝物となった。鱒太氏の訃報に接し何故かこのあたりの経緯が特に強く偲ばれる。
熊本の生んだ幕末の国学者・兵法家宮部鼎蔵の曾孫として生を享けた氏は若くして剣の道に魅せられ京都武専に学び、「剣と句」を二刀流として出立する。鱒太俳句の句作の最大の特徴である即吟性はこの辺の事情に依るもので、それは丁度武蔵の『五輪書』に云う、間合に於て最上の拍子を把え間髪を相入れず攻める速攻術としての所謂「一拍子(ひとつひょうし)」の術を彷彿させる。例えば、野焼を詠おうと阿蘇の大観峰へ吟行に出かけた折、映画ロケ中の老農夫役の宇野重吉と野焼のけむりの中で一瞬すれ違う。その瞬間(とき)の即吟、
野火の匂いの宇野重吉とすれちがう
など、その最たるものであろう。即吟のもつリアリティの確かさ。あるいは俳句大会で長崎へ行ったときの即吟
ながさきの百日紅は破片なり
俳句仲間と水神祭へ行ったときの句
水神祭いちばん恐いお面買う
親友の訃報に接したときの句
自転車に空気を入れておくやみに
等等。
いま改めて鱒太俳句の全容をふり返ってみてその創作の変幻自在さに驚かされるのであるが、句作の流れとしてその出自に基く正統的な美学と、正統を食(は)みだしたいとする独自の内在律とのせめぎ合い、その渾然たる妙味に思い到る。正調の美と乱調の美のせめぎ合いといってもいいのであるが、謂わばそうした乱性を孕む卵質の変幻ぶりに於ては、非定型も無季俳句も時にこれを是とする、そんな大様さである。そうした大様さゆえに、煩悶や郷愁あるいは俳壇の混沌や名声などどこ吹く風の悠然たる鱒太俳句独自の風狂の世界が生まれたのである。
昭和二十一年中支より帰還した鱒太は京都の「京鹿子」を中心に活躍する傍ら熊本に於ける現代俳句の中心的磁場として昭和三十八年に『夜行』を創刊。その後俳誌『森』と合併後、五十六年に現在の『夜行』を創刊、また現在の「熊本剣俳句協会」の創立。あるいは「九州俳句作家協会」設立への参画など、その業績ははかり知れない。
剛毅木訥にして天衣無縫のその存在それ自体がまさに俳味そのままの絶景であった。
部屋中に芒を活けて笑うかな 鱒太
(「九州俳句」誌166号より引用)
かささぎの旗で宮部鱒太:
http://tokowotome.cocolog-nifty.com/blog/2007/07/post_5417.html
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コメント
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やっと転載できました。
宮部鱒太先生のご逝去を、慎んで追悼もうしあげます。これまでありがとうございました。その句がそこにあるだけで、励まされる思いでした。
投稿: かさこ。 | 2012年7月17日 (火) 07時46分
自転車に空気を入れておくやみに
戦友は別のさくらを見ていたり
これ、こころに残ります。
投稿: かさこ。 | 2012年7月18日 (水) 00時04分
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投稿: DunlapPenelope33 | 2012年7月29日 (日) 17時48分
検索サイト Yahoo 検索ワード 野田遊三
1位
投稿: かささぎ | 2013年12月20日 (金) 15時15分
初めまして。弊HPで『推敲(組み立て)と即吟性』という記事を書いてみました。その文章で、このページ(
野田遊三:宮部鱒太氏を悼む)を引用させて頂きました。よろしくご了承頂ければ幸いです。→ https://washimo-web.jp/Report/Mag-SuikouSokugin.htm
投稿: 下土橋渡(WaShimo) | 2019年1月23日 (水) 17時13分