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2012年6月10日 (日)

幼馴染

幼馴染

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昨日は往生しました。
幼馴染が埼玉から帰省して、うちの父の仏壇にお参りしてくれたとき、お坊様がみえました。
はい、きのうが百箇日であったのです。
それを何を勘違いしていたのか、16日と思い込んでいたため、母は不在、わたしはオロオロしました。
しかし、お坊さんと差しで対いあい、今我が家最大の悩みを聞いてもらいました。
すると、お坊様はこういう話をしてくださった。
うちの隣村のあるお寺の人が、こういうことで悩んでおられました。こどもさんは三人とも病院関係の人です。娘さんは結婚するので関係ありませんが、息子さんが信仰のことでごちゃごちゃとしまして。一人はお内仏さんを祭っておられたけど、もう一人が、まだうちには死人もいないからと何も祀らないでいたら、へんな新興宗教に走ってしまわれて、おかしなことになりました。けれどもそのとき、父上はいわれました、今はこうだけど、きっとそのうち、むすこは帰ってくるから、と。
人のための信仰ではない。そしてまた、お念仏を唱えたからどうなるというものでもない。けれども、自分で唱えて自分で聴くのです。

わずかな時間、しんとした時間に、これだけを言われた。
わたしはつくづく、ありがたいとおもいました。

やがて母が帰ってきて、百箇日だったことを伝えると、恥入り、今からお寺へいくというので、息子も連れて、お参りしてきました。


すみちゃん、かず、たっこちゃん。ありがとう。
来てくれてありがとう。
おかげさまとはこのことでした。忘れないよ。

お父上のご供養、おつかれさまでしたね。

ひとのための信仰ではない。
じぶんのために祈るのだ。
わたしもそう思っています。
信仰心はうすい。ちょー、薄っぺらなわたくし。
亡くなった実家の父の墓前にもろくに手を合わせない。
そのくせ、困ったことがあると「おとうさん、助けてちょうだい」と手を合わせる。

でも、父のことはよく思い出す。
ああ、父なら、こんなときどうするだろう。どう言うだろう。と。
思い出すこと。
これがいちばんの供養ではないのかと身勝手な娘は自己解釈しているのです。


ところで、このおふたり。
いいお顔をなさってますね。
大事になさい。
ともだち。
これがいちばんの財産だと思う。
ともだちがひとりもいなくて、さみしくて、さみしくて、嫁にばかり寄りかかる、寄りかからずにおれない姑をみて、ともだちだけは大事にしようとこころに誓っている嫁です。

せいちゃん
ふしぎだったよずいぶん、この日は。みんな笑っていたけれどね。
お坊様がお話してくださったのはどこの話かわたしはすぐわかりました。同じ姓の病院の話。よりによってなぜそこの話だったんだろうねえ。
お坊さん、若い若いと思っていたけど、いつのまにかしっかりとしたいいお坊様におなりです。六時近くお寺に行ったら、一人で草むしりをしておられた。
父上はもう体がかなわず、母上も腰と膝がお悪くて、もう昔のようにはかなわない。彼がしっかりするしかないのです。
それにしてもお寺に嫁はこないのだろうか。
待てよ。斧田とおなじ寺のむすこだった木戸ちゃんには嫁が来た。木戸ちゃんは公務員。木戸ちゃんはお袈裟踊り、おけさ踊りに熱中してると思ったら、いつのまにか結婚してた。俳人の木戸葉三さんです。何度か連句で八女に見えたよね。せいちゃんも知っているよね。何しているだろうねえ。逆子倶楽部作ったけど、とうとう何一つ活動しなかった。逆子です、って人に、木戸ちゃん後、遇わない。

そうそう。二人しか写真アップしてないけど、もう一人いる。なぜか彼女は目をつむっていて、ね。
よしあきがそうだった。なぜか目をとじていて。
もうひとり、そんなやつがいる。しんたろう。
なんでだろうねえ。アップするのも気の毒で、しません。

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