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2012年5月26日 (土)

歌仙 「人形原(ひとかたばる)」

八女郡広川町の古墳資料館にて(ここの小字は人形原といいます)。

山下整子特製の白キムチ漬けとお惣菜(干し筍煮、こんにゃく金平、ブロッコリー等)

本は三省堂の新刊本、佛渕健悟・西方草志編集の『五七語辞典』(もう一冊、和歌版がありまして、そっちは西方草志編集です。こちらは乙四郎、整子にお買い上げいただきました。産休。かささぎの感想、俳句版のほうが優れているように思う。返す返すも残念なのは、収録語数が多すぎて、その一言一言がどこから拾ったものかまで記載されていないこと。思い入れが違います、自分で言葉をコレクションしたときとはね。でも、これはこれで、たしかに面白いよ、ほとけぶちさん。ちゃんと自腹で買いました!三省堂の阿部正子さま、注文後速攻で送ってくださいましてありがとうございました。(割り引いてくださってありがとうございます。)以上、本の宣伝でした。どうもすみません。

らんちゃん、会うたび、若返っていません?
せいちゃん、あこがれのヘアースタイルになってよかったね。
似合っているよ。ふわふわ三つ編みが。

真ん中の不審な人物はだれ。連行されている。

もっともファッショナブルだった都さん。沢都。
帽子がグレタガルボしてた。笑。ご主人、帽子をデパートに卸してる人。



ぼん。呆夢とかいて、ぼんです。健気な母さんなのにぼんですよ。
日本国はぼんみたいな女性がいる限り、まだまだ大丈夫です。

せいこさん、朝早くからお弁当の準備、運動会の準備、また昼からは籾種蒔きの手伝い、そして、あっという間に座の卓の片付け、。ありがとうございました。このお花は八重咲きの珍しいポピーです。お世話になりました。広川町は豊かな町ですね。どことも合併したくないはずだわ。それで悠々とやっていけるのだもの。

一番撮りたかった、正面玄関入ってすぐのとこに置かれていた、川祭りのたこ。
間違って動画で撮っていた。それはアップできません。かささぎの技術では。笑

たこ、わらで編んであると思いきや、展示館の萩尾さん(でしたっけ)がおっしゃるには、わらでなく、葦だと。
高良大社のへこかきまつり(還暦の厄除け)がもともと川祭りであるように、筑後では川祭りが行われている地区がまだ多く残っている。かささぎの父の里、高塚地区にも、やはり小さな川にたこをわらで編んで、おまじないとして飾っています。五月に入って連休のころです。川祭りは川開きでもありました。溺れないようにとの、素朴な民俗信仰で、俳句の季語でもあります。

歌仙『人形原(ひとかたばる)』

とき:平成24年5月26日9時半~16時半
ところ:広川町古墳資料館二階会議室

捌・姫野恭子

新緑の人形原は葉擦れのみ        八山呆夢
 晨(あした)の風に飛ぶ時鳥        姫野恭子
水門へ流るる潮に逆らはむ         山下整子
 歩み板には足跡があり           沢  都
澄みきって静寂(しじま)の中の後の月  東妙寺らん
 笹りんだうは山に傾く            都

秋場所に地元の四股名探すなり      呆夢
 鉛筆だけでかいた下描き           都
良縁はスピリチュアルな糸絡み       呆夢
 グーデンターク涼しい瞳           らん
どろどろと男と女のカレーライス       古賀音彦
 また繰り言は戦さ場のこと           恭子
寒月の墓石に射して影濃ゆし         らん
 たぬき抜けたる小舎(こや)の大穴     都
公僕は自宅で酒を飲みなされ         恭子
 選りにえらんだおちょこだったの       呆夢
茣蓙しいて童笑みたる花の庭         らん
 初虹消ゆる遠き頂               都

名残おもて

川蜷は蘇りたりビオトープ         ぼん
 陽が照りながら雨の降る日に      みやこ
子を喰うて地獄に堕ちるタンタロス    せいこ
 なまぐさき指なめさせてをり        都
最初からあなたはさうだと思ってた    整子
 朝観音の碑に打ち水を          野中喜代子
大輪の薔薇も見上げる金環食      月足いつ子
 いやに強気なニュースキャスター    せいこ
心臓に毛が生えててもAED                    きょうこ
 同行二人と菅笠にあり           ぼん
森深く二十三夜の月高く          整子
  零余子飯など握って行かう       ぼん

名残裏

こぼれたるお茶の葉拾ふ秋団扇     せいこ
 独り転んで独り笑って           ぼん
旅の宿うとうとしつつ妻想ひ        音彦
 吹き抜けてゆく愛あたたかし       らん
花満ちて花逢忌夢中忌まう間近       きょうこ
 よき波来たる魚島の頃          みやこ 

▽用語

ビオトープ: ビオトープ:Biotop)、バイオトープ:biotope)は、生物群集の生息空間を示す言葉である。日本語に訳す場合は生物空間生物生息空間とされる。語源はギリシア語からの造語(bio(命) + topos(場所))。転じて生物が住みやすいように環境を改変することを指すこともある。(ウィキ)

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コメント

たぬきの句、裏8、沢都。
元句は、むじな、でした。
しかしムジナだと小泉八雲のむじなを思い出し(中学校の英語教科書にあったよね、絵忘れがたし)はっきりしないからという理由で、たぬきに変更。
たぬきは冬の季語です。みんながいいます、ここにはどこにもたぬきがいるって。車にひかれて死んでいるらしい。わが村にも普通にいるよ。には参った参った。そうだったの。そこまで田舎だったとは、知らなかったよ。なにを見ていたんだろう。

なごりおもての恋のあと、6句目、朝観音。
これはせいこさんが前もっていただいていた長句をつづめて投げ入れたものですが、
元句は、
打ち水に朝観音の石碑かな  野中喜代子
でした。短くして申し訳ありませんでした。
ここで民俗行事の話を。
あさがんのんさん、ゆうがんのんさん。って知っている?と聞けば、都さんはかささぎと同地区ですから、夕観音さんというのがあって、おんなたちだけで夕刻にかんのんさんにお参りしてこもること。日付は八月だったっけ。で、朝観音はその朝版かなという話をしました。ご本人さんに尋ねてみたいところです。
せいこさんの住む地区ではおかんのんさんごもり、というのがやはり年に一度あって、それは夏だと。
よどに近い夏のある日。かんのんさんごもりをおんなたちはやっていた。ということがわかります。農作業が一段落したころだったのかもしれない。

AED句出していながら、どんなものか調べたことがありませんでした。
連句を巻いた部屋に書かれていたので、一句。
都さんの写真の右うしろ、窓のすぐ左手の赤いポスターがそうです。
説明はここ↓今あちこちで見かけますね。

AED句出していながら、どんなものか調べたことがありませんでした。
連句を巻いた部屋に書かれていたので、一句。
都さんの写真の右うしろ、窓のすぐ左手の赤いポスターがそうです。
説明はここ↓今あちこちで見かけますね。

昨日はお疲れ様でした。

早速のご披露、ありがとうございます。参加者が少なかったため、採っていただいた句が多く、恐縮しております。

次回はぜひ、乙四郎さんやそらんさんにも顔を出していただいて、より良いものを巻いていきましょう。

次回は7月だって。

前回に続き、ありがとうございました。腰痛やらなんやらでお世話を掛け申し訳ありません。手作りのお弁当まで戴き感動です。
ところで我が家に不用な紙を発見!短冊が、かなりできました。ぼんさん、恭子さんにことづけますのでで使ってください。 また楽しい座へ参加できますよう祈っております。ありがとうございました。 

うんうん。ありがとう!!短冊、助かります。
昨日はばたばたしていたので、って毎度のことですが、紙を何も持っていきませんでした。らんさんが準備してくれてたのと、短冊はぼんが準備してくれてたので事なきをえました。
都さん、それよりさ。しらべさんのこと、びっくりしたよ。そこでつながってたか、というきもちです。
というのは、以前みせてもらった、たしか、臼杵の何かの史料。都さんの実家は、ヤナイといいますが。戦国武将にいなかったかな。
しらべさんは八女の明永寺に臼杵からみえたご養子さんで、とっても家柄も頭脳もばつぐんな人であるというのをみやこさんから昨日教えてもらいました。有名なんですって。
知らなくてすみません。ただ、あのお寺はかなり早くから、門徒用の経本には、対訳つきのを採用するなど、画期的でした。そしてその訳文が、なんといいますか、詩的で、だれが訳したのと聞けば、たしかしらべさん、という答えだったような気がする。
これってさ。すごいことなんですよね!!
昔々の漢語ばかりの教本をきれいで詩的な現代のことばにするのは。それをやったのは八女の調さんだったなんて。
私はお会いしたことはありません。ただ傭兵じゃなかった、笑、こらバチ当たるぞ、はいはい。あのお寺に勤めておられるお坊さんで大友さんは同じ地区で奥さんといっしょにピイティエイ役員したことがあるので、面識がございます。そうそう、大友さんは大友一族なんですよね。大分の。末裔。
それでか。というきもち。
それで。
やっと腑に落ちました。
大友さんの奥様亡くなられたよし、はじめて知り、お悔やみ申し上げます。とっても感じのよいきさくな方でした。ご冥福をお祈りいたします。
ともかく、昨日はおどろきました。
合掌。

今気が付いたけど、裏の花句と名残裏の私の句、「笑」の字が重なっていますが、このままでいいのでしょうか。

はい。ちっとも。
むしろ、自分の脇句の、二五になってしまってる、とぶほととぎす。と、時の字、挙句のうおしまのとき。の時が重なるのが目についてしようがありません。
それなのに、ほととぎすの文字、この場合は時鳥でなきゃ。とおもう。
魚島時という季語、うおしまのころ、ではいけないんだろうか。うおしま、魚が島みたいにみえるのだとすれば、いいのでしょう。

とりあえず満尾しましたね。
捌きにはいつもお世話をおかけいたします。感謝。
ひと座を巻く時間がいやに早くなってきた気がします。
これもヒビの鍛錬のたまものでしょうよ。

わたくしごとで、中座ばかりして落ち着かなかったでしょう。
ごめんね。
次回はきっちり集中できるようにしたいと思います。

日々の鍛錬のたまものっていうよりは、あれですよ。さっさとあがってしまいたい一心。笑。


せいちゃん。広川町史三冊ぞろい、貸してくれてありがとう。嬉しかったよお。
早速、今日、帰宅後、真っ先に資料編を開いた。
地図が入っていた。小字のついたやつ。これいい。
人形原があるじゃないか。
そしてその横の横に、せいちゃんが言ってた、
星の塚、天津池さん。
もんんのすごおおく、がばり、かんどうした。

それはおいてと。
素朴な疑問。
帰ってネットで調べようと思っていた、
花逢忌と夢中の間を花みちて
という最初につくった匂いの花句。
しらべたら、花逢忌は夢中忌とあまりかわらない日に設定されている。能古島で檀ふみさんがごあいさつされている記事をみました。
だけどもさ。
もがりぶえいくやもがらせはなニあはん
という絶句を残してるということは、冬になくなっている。であれば、本来の花逢忌は冬だと思うんだよね。檀一雄がなくなった命日を指すのであれば。うううう。
どうしたらよいだろう。
花逢忌と夢中忌の間を花満ちて
でもいいのかな。
檀一雄も山本健吉も好きだから、どちらの忌日も句によんで、宣伝したいきもち。

挙句 魚島の頃でよいと思います。 魚島の時では脇句に障りましたね。気がつかなかった。すんません。 

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