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2012年4月26日 (木)

連句、連句的。

こないだの連句興行で、第一期亜の会メンバーだった沢都が久々に座に加わり、付句を必死で出す姿を見て、なんともいえない深い感慨をおぼえた。
十二年ほど前、わたしたちははたから見れば、まるで気がふれたのではないかと思えるほど尋常ではない頻度と速度で、毎日毎日、暇さえあればFAX連句を巻いていた。あのころの私たちはものすごく勉強熱心な連句の生徒であった。(ちなみに、パソコンはまだ使用してなくて、ワープロでした。)
連衆は、沢都、天野おとめ、小梅わこ、天真実、山本伽具耶、それに黒一点の大分の俳人貞永まこと。わたしたちは、いわば、八女の地域の主婦の井戸端会議の延長みたいなものだったけど、そのなかに貞永さんが入ってくださったおかげで、とても上質の刺激を受けることができた。
貞永さんのおうちは奥様が産婦人科医をなさっておられて、きっと毎日届く八女の連衆からのファクスを横目に、苦笑されていたことだろうと思う。

が、そういうことは何とも思わなかった。

何かこう、必然性みたいなもの、が、私たちの文音の座には、あった。
前田先生がいつもれぎおん誌上から、また、時々文音で自らさばいて、くださることで、私達を導いてくださった。
いまの年に一度の夏の合宿、それから、季節ごとの座を持つというスタイルは、当時のスタイルの継承です。

貞永明美先生、ご無沙汰いたしておりますが、お元気でいらっしゃいますか。
まことさんが亡くなって何年でしょう。
法要の年には、追善歌仙を巻こうと思いつつ、日々のどさくさにまぎれてゆきます。
しかし、都さんが復帰してくれて、巻いているとき、また、お昼ご飯にいただいた、八女の「かぐや姫」さんの心尽くしのお弁当においしいおいしいって言っているとき、山口の山本かぐやさんまでが思い出され(なぜならかぐやさんはいつも座に手作りのお菓子を持ってきてくれたから)、私は一人、感傷に浸っておりました。

貞永まことの句、折りに触れて思い出しています。
こないだの座でも、尖閣諸島に蚊柱の立つ、という時事句が出たとき、まことさんの句、
蚊柱やそこに荷風が立つような
を即座に思い出しました。
きっとわたしは、句集ひとつ出すことはない。
けれども、仲間たちと巻いた歌仙の一つ一つ、付け句のひとつひとつは、こころの句帳に記されていって、決して忘れないだろう。
この文章いっきにかいたあとで、あれ?山下整子の名前が出てないぞ。
とおもう。せいちゃんはどこに、いつからいたんだろう。
ずっと彼女ははじめのころから、つかず離れずでいてくれた。
星野で合宿したときも、久留米で合宿した最後の年も、きてくれた。
ときどき、振り返り、思い出さなければいけないんだね。
ときどき、肩を叩かれるから。いってしまった人たちに。

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コメント

これを読んだみやこさん、あの会、第一期ではないよ。その次ぐらいだよ。と。
そうでした。その前があったね。
あのかいの命名は前田先生。
で、内山尚美さんや原しょう子さん、鍬塚聰子さんたちがいらした。鍬塚さんにはよく入ってもらった。
ぼんぼりの時も一座もってもらった。

こちらへおいでくださった東京のお方、ありがとうございます。
おもえば、松本きょうかさんまでがあちらの世界へ旅立たれてしまったそうで。杏花さんが前田先生とスパリゾートまでおいでくださったこと、懐かしくただ懐かしく。

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