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2012年3月17日 (土)

医療施設の事業継続計画(BCP)について(9)               たまたま遭遇した新幹線遅延を例に考える

保健医療経営大学学長

橋爪章

2012 年 3 月 17 日 医療施設の事業継続計画(BCP)について(9)

313日の午後、熊本市での夕刻の会合に出席するため、筑後船小屋駅1816分発の新幹線つばめ357号に間に合うべく、本学を出発しました。

新幹線の乗車時間はわずか23分間で、1839分には熊本駅に到着し、会合に間に合うことができます。

 

絶対に遅れてはならない会合なので充分余裕を持って本学を出たため、筑後船小屋駅には17時半に着きました。

出発時刻までの待ち時間を考えると、乗車時間が短いことの意味が薄れます。

1733分発の在来線下りを利用すれば1838分に熊本駅に到着するということがわかりましたので、急遽予定を変更し、あたふたと在来線に飛び乗りました。

 

切符を購入する時間的余裕がなかったためにICカードで改札口を通過したのですが、福岡県内で利用していたICカードは到着駅の熊本では使えないということで現金精算を余儀なくされ、ICカードが使える駅で解除操作するまでは使用不能となりました。

 

帰路も新幹線を利用する計画でしたが、たまたま会合が開かれたホテルの正面に高速バス乗り場がありました。

 

高速バスを利用して八女I.C.で降車したほうが早く帰宅できそうでしたので、帰路も予定を変更して高速バスに乗車しました。

 

この高速バスでは福岡のICカードが使用できますが、一時使用不能とされたICカードは使えませんでした。

さて、これらの一連の行動は、すべて「行き当たりばったり」です。

結果として、往復とも新幹線を利用する場合よりも効率的かつ経済的な旅程となりましたが、ICカードトラブルなど、依存していた電子カルテが突然使えなくなったかのごとき事態を招いてしまいました。

あらかじめ「起こり得ること」(少し余裕を持って出発すれば会合に間に合う在来線があること、熊本駅ではICカードが使えないこと、高速バス路線利用という選択肢があることなど)が想定できていれば、より円滑に、旅行計画に基づいた効率的かつ経済的な行動をとることができます。

ところで、帰宅直後にニュースで初めて知ったのですが、当初搭乗予定であった新幹線が、往復とも運行が見合わされていた、という「想定外」のことが起きていたようです。

新幹線利用のみに依存したがちがちの旅行計画であれば、重要な会合に間に合うことはできていませんでしたし、その日のうちに帰宅することも不可能でした。

依存していた重装備医療や先進医療が突然使えなくなったかのごとくにパニックとなったことでしょう。

九州新幹線鹿児島ルートは、全線開通からこの1年、まったくと言ってよいほど、遅延や運休などのトラブルとは無縁だったのですが、この日、夕刻、筑後船小屋駅手前の架線にビニールが掛かっているのを運転士が発見して非常停止し、上下線とも全線(博多-鹿児島中央間)で6時間半にわたって運転が見合わせられたのです。

架線にビニールが掛かっているのを放置すれば列車の電気系統が損傷する恐れがありますので、運転士は非常用装置を使って架線の電気を止め、列車を停止しました。

このあたりまでは想定SOP通りに対処されたと思われます。

ところが、安全確認後に再び架線から列車に送電を開始しようとしたところ、装置が故障して送電できなくなりました。

そこで運転士は車両の屋根に上り、手動で非常装置を動かして送電を可能にしましたが、その作業の間に列車に備え付けのバッテリーの電力が使い果たされてしまったためにパンタグラフが上がらなくなりました。

JR九州では、手動でも送電停止が解除できない場合の手順が定められていなかったのだそうです。

パンタグラフが上がらないと、架線から電気を列車内に取り込めず、自力走行ができません。

バッテリーが上がった主原因は車内空調でした。

バッテリーの限界があらかじめ想定できておれば、優先的な電気系統以外は節電すべきところでした。

非常用バッテリーも常備していなかったとのことです。

このような「想定外」の事態については、それを「想定」しての訓練も行われていません。

いかに、起こり得ることを「想定」するかが、BCPのポイントでしょう。

保健医療経営大学学長ブログ転載

∇かささぎの独り言

ニュースでその件はやってましたが、原因は知りませんでした。

大震災も九州新幹線も一年の特集番組が流れていました。
鹿児島の観光客がとても増えていることを報じていた。
瀬高の観光客はどうでしょう。やはり増えているのでは。
これから有明海と筑後平野を見下ろす清水山に花は咲くし、日本有数の上質の温泉もあるし、みどころはちょうどよくあります。京都みたいに多すぎない。すみません。

批評家吉本隆明さんが亡くなりました。
かささぎは一冊も読んでない、しかし俳句誌や連句誌などで一回り上の同人の人たちがよく氏の文章から引用をされるのを読んできました。

影響力のある、カリスマ性をもった人だということは知っています。
なにより、氏の論じられた、国家の共同幻想という言葉。
日本文化を論じるに、とても正確で美しいと思います。

葬儀案内をみていたら、喪主は氏の長女さんのお名前、多子と書いて、さわこ。とありました。おお、さすが詩人のつけた名前だ。とかささぎはおもった。

菜はさはに。の、さわこ。
北原白秋のあの詩からとられたのではないか。と思って。

ここです。http://tokowotome.cocolog-nifty.com/blog/2010/03/post-47.html

しまった。これは連句興行でしたね。

これじゃない。

http://tokowotome.cocolog-nifty.com/blog/2010/03/post-50.html

これもちがう。さいきんひっぱりだしたんだけど。母国の読みを訂正するために。

どこだったかな。。。。

これです。↓

http://tokowotome.cocolog-nifty.com/blog/2010/03/post-49.html

西日本新聞はいい記者を擁していますね。

心に残る追悼文を書かれていました。

それによると、吉本隆明の父親は熊本で船大工をしていた。

谷川雁といっしょにこちらへ旅したときの話を核にした話。

九州は氏の詩の母音だった。

みなみなさま。いざやきたれ、筑後路へ!!

それから、学長。
また連句興行をしましょう。

ねがわくは花のころ。

前田師から何度かお電話ありました。
今月は東京の遅刻坂のに、来月は眠さんの上野のに出られるとか。
で、そちらへは(こちらへは)五月にきましょうか。

とのことです。十九、二十日を除き、あいてるとのこと。
連衆のみなさまもそのおつもりで。
その前に一度短いものでも巻きたいですね。

NHKの平清盛をみてると、連句をまきたくなる。
西行も清盛も生き生きしていて感情移入できる。

こないだの。
西行伝にあるこどもを縁側から蹴落として出家する場面。
あれはよかった。つまとなる女性のめだたなさ。
いまならDVとなるところなんですが。
女性自身に載っていた高嶋政伸さんちのふうふ喧嘩より沈潜してるぶん、ぎゃくに迫力がある。
おとなしいひとがやるそれは、むねをえぐる。

いやはや。

なにがいいたいか。

西行は魅力的。どす。


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コメント

いまから面接にいくんだけどもね。
なぜ健吉さんは西行が書きたくても書けなかったんだろうね。それ、ふと思って。
で。こんなことを。
やすみさんが何かにかいておられた父母の夜中の喧嘩。ものが頭上を飛んでいた。と。これはちょいと印象あざやかです。
いっぱつなぐりたかったろうなあ!!

そいじゃいってきまっす。

いままでもかかりました。
臨時職員の作文試験と面接。
私は最後から二番目の受験者だった。

試験中ひょいと見ると、会場の壁に松永伍一の軸が掛けられていた。だけど、その前にはものがごちゃごちゃと置かれていて、その横長の詩作品はあわれ物を支える軸になりさがっていた。ななめにかしいで。だれにもみてもらえずに。
きっと作者がこれをみたらかなしいことだろう。
今日受けた試験がなんのためのものか、その役職の名前すらよく覚えていませんが、八女市の文化行政の、そういうずさんなところがなんだかとってもいやです。
それをみたものだから、つい正直に志望動機をまっすぐいってしまいました。試験をうけたのは、人からすすめられたからで、私は八女に眠る文化的な歴史的な宝についてもっと深く知りたかっただけなんですよね。そのきっかけになるのではないかと思ったんですが、あまかったです。
面接官の三人のおえらがたに、とくに真ん中におられた女性のかたに、いや~な顔をされました。
空気読めないわけではないんですが。
杉山先生のおきもちがとつぜん全部わかった気がしましたよ。
えめさん、ごめんね。せっかくすすめてくださったのに、不首尾におわりました。

あちゃー、おしかったね。

面接を受けられただけいいかも。
私なんざ履歴書を送っていたのに、無しのつぶてだった。問い合わせたら、試験も何も、もう決まっていますですって。公務員はこれだから嫌なのよ。

>>お疲れ様でした。
忌憚のない考えを言われてよかったと思います。ひめさんらしいです。
私にはご遠慮なく^^☆

何を書いたかといいますと。
力を失ったゆとり教育について思うところを書いた。
ちょうど時期が末子の育ち盛りのころと重なったのと、それを推進したときの文部大臣が俳人の有馬さんで、ありまさんは石橋秀野の名前を冠した全国俳句大会での八人の選者の一人だったから。
ゆとり教育がよかったか悪かったかはまだどうこう言えない。短絡的にはたくさん文句はある。だけども、末子やその周辺の子たちを見ているとね、たしかにある種のゆとりがあるなあ。って思う。本人たちはきづいていません。おかしいでしょ。

あるときテレビをみてたら、お笑いの人が、なにかできない言い訳に、
おれ、ゆとりっすから。(自分はゆとり教育をうけた世代だから)
と言って笑ってごまかしていた。
それが妙におかしくて。

物事をみるとき、いろんな方面からみる必要があります。
ひょっとしたら、未来の救い主はゆとり世代から生まれるかもしれないものね。

Don't have money to buy a car? Worry no more, just because it's possible to receive the personal loans to solve such kind of problems. Hence take a term loan to buy all you want.

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