無料ブログはココログ

« 医療施設の事業継続計画(BCP)について(1)(2)  事有るときの事業継続の段取り | トップページ | 医療施設の事業継続計画(BCP)について(3)   »

2012年3月11日 (日)

全甲の通信表

全甲の通信表

除籍謄本と祖母の箪笥にあった兵隊おっちゃんの高等小学校二年生のときの通信表の記載を照らし合わせてみますと、また謎が出てきました。
除籍謄本のタイトルで数年前に自分が書いた文章があります。

http://tokowotome.cocolog-nifty.com/blog/2008/03/post_47af.html

昭和14年に私の祖父の姫野茂平と養子縁組と書かれている。
しかし実際の資料では、昭和七年には正義伯父は姓はもとのままながら、茂平の実質養子になっていたのがわかる。

あの文章を書いた時と比べて、いま、検索をあらたにかけますと、ガダルカナル戦の資料が少し充実している。姫野正義の戦死をここへ来て報せてくれた上官の可西清二西部第四十六部隊隊長の名前でも、今ならこのような記事が出ます。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AC%AC86%E5%B8%AB%E5%9B%A3_(%E6%97%A5%E6%9C%AC%E8%BB%8D)

http://www.geocities.jp/honiara_kai/124ht_hiwa/124ht_hiwa.htm(これを読めてよかった。やっとわかりました。)

« 医療施設の事業継続計画(BCP)について(1)(2)  事有るときの事業継続の段取り | トップページ | 医療施設の事業継続計画(BCP)について(3)   »

コメント

ずらずらっと数珠つながりでつながってきました。
この兵隊おっちゃんの通信簿をみていたら、担任の先生は本荘姓。もしや八女市山内が本貫の学者で明善堂を興した本荘星川の一族のおかたではないのでしょうか。
父の葬儀が山内のJAの葬祭場でしたが、それはたまたまそうなったものでした。そこのトップには、かささぎの小中学校時代の同級生であるきたはらさんがいることもいとこがおしえてくれました。きたはらさんといえば、かれのむすこの俳句を以前紹介してます。↓
 はやぶさが北の空へと飛んでゆく だいき

杉山洋先生の書かれた本荘星川資料。
本荘星川かその子手作りの地球儀(杉山先生、どっちなんです?)、明善にあったもので今は久留米図書館蔵らしいです。↓

小学校の思いでのなかに、通信簿がオール5の人がいました。その人はお医者のむすこでした。なぜ知っているかといえば、最後の通信簿をもらったときに高々と掲げてみんなにみせていたからです。その少年は郷ひろみみたいに愛らしかったので女子に絶大な人気があったのですが、いまはふとめのおっさんです。おおっと失礼。大失礼。
だけども、そうそうはいないんだということがわかります。ぜんぶができるってのは、もしや、つらいいたいことかもしれないですね。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/6513/44449283

この記事へのトラックバック一覧です: 全甲の通信表:

« 医療施設の事業継続計画(BCP)について(1)(2)  事有るときの事業継続の段取り | トップページ | 医療施設の事業継続計画(BCP)について(3)   »

最近のトラックバック

2017年10月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31