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2012年3月31日 (土)

弥生尽と森永ハイチュウの別れ(なんじゃそりゃ)

弥生尽

(エレベーターに張ってあるdpcポスター。)

最後の厨房勤務。

一日にしたこと。

十時半から十一時まで。

野菜を刻む。ネギをソース用に刻む。
白い部分をみじん切り、青い部分は小口切り。
人参を短冊切り、春きゃべつ小ぶり二十個ほど千切り。

十一時から十二時まで、配膳のお粥係。
ソフト食のおかゆ類まで、三十人分くらい。
七分がゆが久々、かゆゼリーも二人分。
あとはとろみ粥を六つ、そのうち自助食器が一人、ほかは250gの全粥二十人分。
ソフト食のおかゆは市販のもので、半量の人にはカロアップを大さじ三杯混ぜる。
その都度お椀が汚れるので、お椀を替える。
かゆゼリーは温度さえ高ければうまく作れる。

正午から一時まで、洗浄された食器を乾燥庫から取り出して片付け。
その後、消毒液三種類を交換。ソフト食用のソースを作る。
紅茶ゼリーも作る。25個分。
エンジョイゼリーを必要数計算して、切る。12個。
アイオールも同様にして切る。
七個要るのだけど、三の倍数切るので9個。

食品庫に行って、経管のいろいろを三食分、揃える。
数が出るものは、すぐ在庫がなくなり、次から次へとダンボールを開ける。
ダンボール、片付けがめんどう。
毎日患者さんも病態も変化しているので、準備したものの数がぴったり揃うことは滅多にない。
毎回不足したり余ったり、そのたびに食品庫を小走りに往復する。

次にあすのメニューを三食分、目を通して、ライン引きをする。
常食と違う部分に色を入れる。ぱっと見て、わかるように。
配膳で間違わないようにするための努力です。

そうこうしていると、一時半すぎる。
台車セットをして、食事休憩を取る。

三十分でしたね。この半年間、休めたのは三十分未満。

二時十五分、トイレに行って、身支度をして、また午後の仕事。
食札を入れ、紅茶ゼリーを入れ、経管を入れていきます。
そこからは組む相手によって、私が温小鉢を切って盛って配膳したり、あちらが冷小鉢をしたり、あるいは両方とも相手が盛りつけをして私が配るだけだったり。
無念無想で淡々と。

四時、小鉢があらまし終わると、卓をきれいにして、乾燥庫から食器を取り出して、片付け。
四時半。主菜をもります。わたしはいつも、一口サイズ以下に刻むのを任されていた。
三十人分。ミキサーにかけるのも、みじんに刻むのも、一口大にするのも。

それが五時十分ころに終わると、すぐごはんを盛り付ける。
二炊きとお粥とソフト食の粥係でした。
書いていくだけでもとってもきついです。

こうして配膳がおわると、事務室の病院直属の栄養士がすべて出て見えて、目によるチェックが入ります。
あれが足りない、これがまずい。と批評されまして、そのたびに食品庫に取りに走ったり、やり直したりします。このときが、最も忙しいときです。自分の仕事をしながら手を休めず、人様の注文も聞かねばならないから。からだは一つですからね。

六時。二階三階四階まで運び役の人が配膳車をもっていかれます。
それが済むと、片付けをして、中番は帰宅してもいいんです。
しかし、かささぎは遅番ですので、これからまだ居残り。
透析患者さんたちのお弁当を解体して、洗浄します。
これは一人でやります、四十分くらいかかります。
洗って拭いて、組み立てて。
そうしていたら、すぐ七時になって、下膳の時間。
あげた配膳車、からっぽのを下ろします。
洗浄係の二人といっしょに解体をして、下膳車を拭いて片付け、台車をセットして、あすの準備をしたら、わたしは帰宅してもいい、という段取り。
きょうは、八時前でした。

おつかれさまでした。

かささぎ、今日でさよならでしたので、みなさんに、森永ハイチュウを1箱ずつ配りました。

「なんでハイチュウなの?」

しらんわ。
水魚の交わりってことばがありますが、かささぎの場合は、ハイチュウの交わり。でござんした。おわり。(ああきつかった)





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コメント

きょうが最後のお勤めでしたね。
お疲れ様でした。
精神的にも、肉体的にも、過酷な職場環境で、
本当にお疲れ様でした。
これからまた仕事探しが大変でしょうが、しばし休まれよ。
お父上がそうおっしゃってる気がします。

それがね。かささぎは貧乏症にて、あさってから新職場の仕事が入っているんだ。なぜかすぐ決まる。いやんなっちゃう。
無保険恐怖症なんだろうね。
私はぜんぜん健康なんだけど、こどもがねえ。だから切れ目なく仕事をこれまでしてきたし、今後もそうする。
だけど、いまおもえば、国保という手があったね。
ひと月休んで、ゆっくり仕事さがせばよかった。
行きたいところもあるし法事もあるし。
それに、戸籍名で履歴書書かなかった。
姫野名で採ってもらった。これで世間渡れるだろうか?戸籍までだしてくれとは言われなかったんで、つい。でも、なにかこの先、不都合が発生するでしょうか、もと役場職員のせいこどん、教えてください。
あさって職場に行ってから、職場と仕事の模様みて、進退をきめる。パートとはいえ、どうせなら長く働きたいから、体験してから考えたほうがいいと思うので。

おきょうさん

お勤めご苦労様でした。
又新しい職場とのこと。人間関係を又、1から築いて行かねばなりませんね。頑張ってください。

私もたいがい休みなしで勤めを変わってきてたよ。1度なんか、正式に辞めてないけど、新しい職場に行ったことがある。未だに夢を見る。こんなことはしないほうが良い。あったりまえだ。だれもせん。

水魚の交わり、という三国志に出てくる言葉の意味を、あほなワタシめは、さらさらと流れる水に従う魚のような付き合い。だとばかり思っていました。
▽水と魚のように切っても切れない親しい関係をいう。君主と臣下、また、夫婦の仲がよい ことなどについても用いる。(ぐう辞書)
森永ハイチュウの交わり
▽一個100円、お賽銭、お餞別として何の重石もココログルシサもなく、「ありがとう」のきもちがちょこっとだけ伝わる。そのようなえにし。(かさ辞書)

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