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2011年12月 6日 (火)

豆筵

豆殻も礫(こいし)も混じり豆筵  恭子

 豆筵

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コメント

あぜまめあぜまめ
煮えたかな?
煮えたかどうか食べてみよ

この写真見てたら、幼い頃の遊び歌を思い出した。

豆筵 すばらしすぎる この目線。

周りの砂や土やさやなどが混じってしまって
それを「とうみ」って言うのであおりながら風を利用して払いのける作業。
機械を使わず道具と頭で行っていた。
「とうみ」だっけ?かな。
三角形のような大きな入れ物、紙を貼ったような軽く作られていた。

せいちゃん、それちがうよ。

あわぶくたったにえたった
にえたかどうかたべてみよ
むしゃむしゃむしゃむしゃ
あ~まずい
まだにえてません(といってぐるぐる鬼のまわりをまわる)
そんな遊びだったとおもうけど。
歌詞は畔豆じゃないからね。笑

さくらさん、母は手製の紙の箱で風を利用してしゃがみこんでやっています。
毎年毎年、季節ごとの営農カレンダーが母のなかには出来上がっていて、それを忠実にこなしていってます。わたしはなにも教わっていませんが、それはそれは膨大な実体験に基づく貴重な知識です。


 帰りにはなくなつてゐる豆筵   黛まどか

このむしろも、帰って来たときには片付けられていました。
この句について書いている、俗の細道。↓

ああ、それそれ、それだった。
あわぶくたったにえたった。
なんか違うと思いよったん。

かごめかごめと同じようにして遊んでいたよね。

子供の頃、たてつながりで遊んでいた。
一年生から六年生まで。
お宮の境内で。
ひまわりという鬼ごっこ。
ぐにゃぐにゃに書いた線の上でのじゃんけん陣取り。

豆筵から連句的に思い浮かぶものの多さよ。

うん。

母がいなくなったら、もうだれも豆筵なんて思い出しもしないんだろうな。とってもさみしいよ。

こども時代、あそびほうけていた。いっぱい外あそびした。缶けりが最高で。つぎ、豚殺し。あ、これはじっさいに豚を殺すんではありませんからね。地面にひまわりみたいな絵をかいて、そこからはみでないようにする遊び。鬼が突き出す。
前田先生がみえたとき、おんじゃくで地面に絵をかいたというぼんの句に、おんじゃくって、ぬくめ石のことでっしゃろ。それとそちらのいう温石とは別ですがな。蝋石というものですよ。といわれたのは、びびっくりでしたね。
方言はテレビのおかげで自覚できますが、こういう細かな文化の差異は指摘がなければ気づかないままですものね。

豚殺し???
はじめて聞いた遊びの名前です。でも遊びの内容はわたしたちが「ひまわり」と呼んでいたものと同じね。
隣り合わせの市町村でも遊びの名前が違うってこと。
なんか、おもしろい。

ぶたごろしは、せいちゃんがいうひまわりという名前の上品な遊びとおんなじみたい。なんでこっちではそんな遊びの名前になったのかなあ、当時にタイムマシンでもどって、調べてみたくてしようがない。笑。
これだけはお宮の境内や家の庭でなく小学校の校庭でやっていた記憶があります。ということは参加人数がけっこう多い遊びだったんだね。ドッジボールほどの人数。
家やお宮での遊びは多い時でも五人くらいだった。
縦割りでしたね、たしかに。
あのころいっしょに遊んでいた子たち、先輩も後輩も、いま、どこでどうしてるだろうか。みなみな、しあわせであってほしいよ。

きのう、123便の真相、ことにカバラの謎あかしについての記事をよみ、超くらいきもちで弁当をこさえ、それでも日常は営まれるんだよなと工場へいき、労働をいっしょうけんめいやって、お昼、車の中でラジオをききながら朝刊をひろげた膝におべんとうをのせ、かささぎどんは召し上がっておったのです。
すると、おや。
一面に知っている記者の記名入り記事が。
池田郷、ソウル。とあります。
はりつけるね。↓

全斗煥前大統領の死去を報じるものです。
うわ、中曽根さんとの写真が。。。
ちょうど、日航機撃墜事件の時代に隣国をおさめていた大統領でしたか。
記事のさいごの一文、とてもいいです。
めくばりがきいている、といいますか。

いま、イカゲームをぼつぼつ見ている。
イカゲームっていうのは韓国のネットフリックスドラマだが、三話までみました。
こどものころのあそびがいろいろでるんだが、
話自体とっても残酷なもので心臓にわるい、しかし、このコロナ禍の時節に乗っているような気もする。
隣国と日本ととても似ている、たとえば主役の男優さん、日本の売れっ子の男優さんにそっくりなんだよ。笑、名前がでてこなくてごめんけど。
大泉洋さん。おもいだせてよかった。

でもそんなことより、いちばん感じるのは、みなみときた。脱北者へのまなざし。
ことばでかたられないぶん、ささる。


どなたか知りませんが、この記事をあげてくださってありがとうございました。まったく記憶にありませんでした。


火を仰ぐ人、人柱人柱

円錐の俳句なんですが、あんまり名前をおぼえないもので、作者名忘却。
この一年俳句同人誌もひらかず、ネットのコロナワクチン情報にいちずにのめりこんでいます。
さて掲句は解説によると厳戒下のオリンピックでの一句という。
ひをあおぐひとひとばしらひとばしら。

123便の人身御供が背後から響きわたる。

こういうことをあさっぱらからつらつらおもっていると、とてもじゃないが、どこかの政党の党首えらびなんぞのちっとも緊張感のない面構えにへどがでてしまいやす。八女ヒロカワのイチゴ農家出身の島根県知事とかが政治家になったらいいのにね。あのおかおはそういうおかお。

柿を干す平和な風の通り道   堀川かずこ


九州俳句誌は廃刊になってしまいましたが、その編集部におられた堀川かずこさんが句集『風の通り道』を送ってくださいました。
この句集名は全国俳句大会にて黒田杏子先生の特選となったお句からとられたとのことです。
さりげなく滋養に満ちた、とでもいうべき一句です。
句集の体裁も愛情のこもったものとなっています。
ことに九州俳句誌編集長であられた福本弘明氏による紹介文「創造の愉しみを知る人」は、堀川さんのおられる北九州折尾の地の紹介からそもそもの句会の出立、句の変遷にまでわたる丁寧なもので、とてもわかりやすかったし、しみじみとなつかしかった。
趣味の、着物をほどいて日常のものを縫うこと、そして海外旅行、これは六十回ほども出かけておられるよし、しかも自己の運用益で行っているとあり、いまどきの日本女性であるなあとひとしきり感心する。

天来通信の赤星文明さんが文庵という号で赤刷りの味わいぶかい刻字作品をよせていらっしゃるのも見どころの一つです。

ほころびをよろこびにする縫い始め  かずこ

これですが。
わたしも息子の作業着のほころびを頻繁に繕わねばならないんで、。
季語は縫い始め、ですね。~はじめは正月の季語。そのとなりに置かれた句が

解く袖に綿ぼこりあり久女の忌   かずこ


俳人、杉田久女(ひさじょ)の忌日。 1月21日。 冬の季語。へえそうだったのか。まてよ、そういえば小倉のどこぞのビルだったか、小倉城だったか忘れたが、久女の展示があっていて、のぞいたことがあったっけ。あれは何の折だったろう。。。おそらくひと昔前。記憶のとびらをひらくこともしないで過ぎたこの十年。文字通りわたぼこりにまみれた記憶。


縫代を割れば昭和のにおう秋   かずこ

ぬいしろをわる。わってアイロンをあてる。
従順な布と糸とが日常にとりこまれていく。

(営々とおんなたちは繕い物をすることで歴史をつないできた、とつい書きそうになって、躊躇する。せからしかねえ、このこのこの!!)

絹針の滑りやすき日昼ちちろ   かずこ

ちちろ、なにかわからない人は調べてください。
俳句で知ることの多さよ。
わたしも天来通信ではじめて知った言葉でした。
なんやろ、このちちろって。
歳時記をひらき、ひらける世界。

あ、じかんだ。
また続きをかきます。

日本人は虫の声を言語として聞く、というはなしですよ。↓

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