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2011年11月22日 (火)

八女に初霜が降った今朝、『ササラ電車』が出発します。オン座六句で巻こうよ。

雪撥(は)ねてササラ電車が街を行く   杉作
  降り積むものを擁(かいいだ)く冬  かささぎ

函館の杉浦清志先生に依頼していた発句です。
ササラ電車というのがあるそうです。

杉作先生のご説明では

ササラ電車とは市電の線路に積もった雪を撥ね飛ばす電車で、竹の先を細かく割って束ねたものをぐるぐる回転させて雪を撥ねながら走ります。それが雪を掻いた後を普通の市電が走る。

ササラ電車の活躍する札幌市街の様子:
http://pupupukaya.cool.ne.jp/sappo/sasara.html

前田先生が教えて下さった、オン座六句形式で巻いてみませんか。
第三をお願いいたします。雑句で、発句脇から離れます。
ここは歌仙に準じておよみください。

杉浦清志先生の発句とかささぎの脇について

北海道の街の活気が直に伝わる、写生句。
雪撥ねてという言葉に、なぜか中野重治の「歌」を連想したかささぎは、荒々しく雪をかき分けていく電車、自然と闘う電車の周囲で、黙々と雪が降るにまかせる大地をよみたいと思った。

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コメント

おっ、いいね。
さっそくオン座六句の文音かあ。

三句案
 1、南国はあっけらかーんと晴るるらん
 2、卓上に葉書いちまい置かれゐて

早速ありあしたっ
鉄は熱いうちに打てというであります

(今めし)

オン座六句 まだ良くわかっていませんが学ばせてください。

1 隣人はルパン3世謎もちて

2 保護シールそれ程隠す価値もなし

おふたりともさんきゅう。
ひとこと。
南国は晴れている。
雪とさしあう。天相。
はがきは、これはいい句ですね。これから始まるよという誘いをにおわせ、きらっきらっと光ります。
ともさん。
一連目です。おんざろっく形式の要諦には書いてなかったけど、はじめの連には、敷居の高さを意識するようなある種の硬さが必要な気がする。丈高く、というやつ。きどってよむとしたら、ここらへん。
笑。格調だかい線を案じてください。
格調ってやつが苦手な人ほどふんばりがいがあるんじゃないかな、第三は。

これをご覧になっているお方で、きまぐれに575ひねってみたいという人は、どうぞどうぞ。なんでもいいです。
季語はいりません。雑です。
五句目に月をだすので。...あ、これは歌仙だわ。

一寸待って。
浅沼璞さんが武蔵野大学文学部で実作した巻を前田先生がくださったので、それを今よんでいます。一連目秋で始まり素秋はだめなので、月は脇に短句で入っている。璞さんがだしている。
でもその他の連には月はありませんねえ。しかもかなりなんでもありだわ。もう歌仙ってかんじじゃないね。若い人たちだからかな、ほとんど人情句。俳句風の景気の句はありません。笑。

せからしか。てえげまんげで適当に解釈してまこうっと。
もう少し待とうか。

第三をつけるとき、自他場についても思いをめぐらせてください。
発句は街頭の雪景色を詠んだ句で、場の句になります。脇はそれをやんわり横から手折っている。
発句は場の句でも電車という人情くさい素材を扱い、冬の都市の活気を伝えますけど、脇句はちょっと離れている気がする。これは自然に出た句でして、なんでかしらんが、ふりつむものは雪とは限らぬなあ。とおもわせる余白があるね。冬というニ音の季語しかいれるスペースがなかったせい。あまりいい脇ではないかもしれないけど、いまの自分のせいいっぱい。つかずはなれずの脇でした。
で、脇も場になります、表面上は。内容的には自かもしれないが。
そこで連句の要諦は転じなので、第三で出すべきは、自か他の人情句ということになります。
その視線でみれば、ともさんの二句、どちらもオッケイですね。ルパン句は他の句、という意味は自分以外を詠んだ句、保護シールは自分の感慨を詠んだ句だから自の句でしょう。人によっては場の句というかもしれないが。
1つ間をおいた句とおなじものをよまない。
おなじというのは素材も、自他場においても、という意味です。
これを「うちこしの禁」といいます。
坂をこえたら、ちがうものがまっていなければならないんです。

石橋秀野がまだ三つの安見子をおんぶして、肺浸潤の子のためにはるばる歩いて牛乳を買いにいった句、

牛乳(ちち)買ふと山坂こえぬ虹の橋   秀野

この一句の美しさ。五合の牛乳をかい、三合は子がニ合はろうがいもちの夫健吉が飲んだんです。

この最もなにもなかった時代、昭和二十年の句の山坂にかかっていた虹の橋。それがいつまでもいつまでも胸に残ってる。

ってことで、味坂というかわった姓の俳人のふらんすぱんの一句を読んでいたら、この秀野の句を連想しました。
いきなり式目の打越の話から、べつのところに飛んでごめんなさい。

うちこしの禁についてでした。笑。

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