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2011年11月13日 (日)

あかときくらく  山中智恵子の梁塵秘抄論 その4

(山中智恵子『あかときくらく』より引用中)

 寺社はもう、聖地とはいいがたく、神々は巫女の託宣を通して領地をねだり、山門は神輿をふりたてて政治に介入するなど、真に道を求めることは、法然や親鸞のように、山を下りて俗塵の中で、つねの心の蓮を説くことだという自覚がたかまってくる時代である。一方、神に仕えるあそびから一種の遊芸集団と化した咒師・猿楽・田楽・傀儡師・遊女・白拍子・あるき巫など、宗教と俗色がこれほど混淆した時代はなかった。荘園領主の勢力の拡大、田堵(たど)、名主層の富力の増進が、このような下層の芸能団体を、時に傭兵として転換させるような状況にあって、今様を歌いつつ、寺家へも貴顕へも武者の家にも、また地方の長者の家にも出入していた、うかれびとたちにとっても、それを饗宴の席にききながら、みづからも歌った、思いがけないほど広い階層の人々にとっても、仏道は哲学体系などではなくて、〈弥陀の御顔は秋の月〉と眼にみえるものでなければならなかったし、眼にみえてもきららかな彫像画像堂塔のような、天災や戦乱によって、明日流亡しこぼたれる、形あるものであってもいけなかった。法文歌が和讃や声明の形式を踏み、往生要集などの影響を受け、法華経や般若経の翻訳であり、また原作者が、山門の学僧であろうと市井の隠者であろうと、大道説法をなりわいとした破戒僧であろうと、いささかの文字を解する老いた遊女であってもかまわないが、原作者にも唱い手にも聞き手にも、〈仏も我等と同じくて〉〈それより生死の眠さめ〉と唱うとき、もはやそれは観念ではなく、宗教の頽廃でもなく、ひとつの唱和された信の声として、かすかに官能にひびきながら、こだまがえすことのできる、見えて見えぬ世界、たまゆら浮かび、ながく心にとどまる実在、もはや心にとどまるとも意識せぬまでに身近なものだったのだろう。酒を飲み猿がう(猿楽)しつつ、〈声わざのかなしきこと〉をして、中世の暁の人びとは、方丈記の叫喚と地獄草子の阿鼻をまのあたりみて、死を思い、生の可能を問いつつ、見るべき生のすがたをみた。

   (つづく。文章:山中智恵子)

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