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2011年11月22日 (火)

石橋秀野句に響き付け 味元昭次『円錐』の一句

秀野句に響き付け
 
 「安見子肺浸潤を病む」と前書のある二句のうちの一句

牛乳(ちゝ)買ふと山坂こえぬ虹の橋   石橋秀野
   昭和二十年  出雲玉造疎開中の句
   石橋秀野句文集『櫻濃く』より

ふらんすぱん買って桜の峠越す     味元昭次 
   『円錐』 第51号 (2011 冬号)より

批評   澤 好摩(さわ こうま)

「ふらんすぱん」が身近になったのは、そんなに昔のことではない。
昭和四十年代以前は、余り目にした記憶がないように思う。フランスパンを、また、平仮名表記にしたことで西洋渡来のものというイメージが拭い去られ、日常的な感じがしてくる。この句、昼食のためにか、ふらんすぱんを買って、恐らく車かオートバイで、桜の峠を越してわが家へ戻るのだろう。どこまでも明るく、浮き立つような気分さえ感じられる。
しかし、「峠」という言葉からは別の世界も見えてくる。そもそも峠とは道が山並みの鞍部を越える所の名で、語源としては手向(タムケ)の転であった。通行者が道祖神に手向けをするから、そう呼ばれたという。道祖神は道の悪霊を防ぎ、そこを行く人を守護する神である。つまり、交通手段としては歩くか馬に乗る位しかなかった昔、峠は一つの難所だった。山中の盆地などに住む人は、一生、そこを出ずに過ごすのも珍しくはなく、文字通り昔は峠が異郷と接するところでもあった。「桜の峠越す」からは、かつてのそういう歴史的背景が頭の隅をかすめたのかもしれないと思われる。

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