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2011年10月28日 (金)

北杜夫追悼コメント集

コメント

そういえば、飯島晴子も自裁された俳人です。
川野りょうそう先生がれぎおんに書かれていたとめがきで読んだ限りでは、うつだったようです。

では、今日も元気にいってきます。
今日の弁当はフジと蛇腹ナス弁当です。

気分障害(躁、鬱)とうまくつきあっていた作家に北杜夫氏がおられます。
つい先日、氏の本を買い、これから読もうという矢先の訃報で喪失感に包まれています。
まだ個人情報保護の習慣が希薄だった三十数年前、国内の作家の自宅住所録を入手し、北杜夫氏へファンレターも兼ねてちょっとしたお手紙を差し上げたことがあります。
ところが、氏は、このようなどこの馬の骨ともしれぬ一学生へ、丁寧な自筆で返事をくださったのです。それも、返事が遅れたことの詫びを添えて。
その手紙は今も私の宝物です。
どんなに忙しくても読者を大切にする、というプロ魂に触れた、インパクトの強い思い出でした。
ご冥福をお祈りいたします。

世田谷区のご自宅へ差し上げた講演依頼への返事ですが、昭和53年3月18日の「千歳」の消印でした。
旅先からわざわざありがとうございました。
「杜夫」という荷札をつけた幽霊がMORIOと名の入ったトランクから飛び出している楽しいイラスト付きの印刷文と自筆添え書きとが混在したものです。
~~~~~~~~~~
拝復。お便り有難うございました。このところ頂く御手紙が多く、申訳ありませんが、仕事の妨げとなりますので、ゆっくり御返事を書くことが困難になりました。(中略)
コーエンのたぐいは生理的に苦手で母校のものもお断りしています。あしからず御了承下さい。
          〒156 (住所略)
                      北 杜夫

~~~~~~~~~~

昭和53年のその日付はわが母の48回目の誕生日、同年秋には一人息子を長崎旅行中になくしてしまうのですが、まだそういうことは何もしらず、日々いちご作りに精をだしていました。

そのころ、あなたはなにをしていましたか。
乙四郎さんは大学生だったのですね。
私は天神の心療内科までバスを二つ乗り継ぎ、久留米からは西鉄電車に乗って、遠距離通勤していました。うつの人もおおかった。そのうちの一人はわたしのおとうとでした。

北もりおは「さびしい王様」をよんだ記憶しかない。そのころは人気の絶頂期だった。こりあん先生の遠藤周作と、ドクトルまんぼう・北もりおがごっちゃになりそうです。
きたもりおのシリアスなの読んだことありますか。
短歌は一切やらなかったのでしょうか。
お父上の歌集「赤光」は初版をもっています。古本屋で求めました。すばらしいです。すごいえいきょうがあったはずで、どうやってそれに反抗したのだろう。

北杜夫追悼歌一首

はちじふしそれは美事な死頃合(しにごろへ)
 コスモスの花群れ咲く野辺に

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コメント

北杜夫 追悼
109,000件中9位

慎んでお悔やみ申し上げます。

杉山のおんじいの北杜夫追悼文です。
ここにはりつけます。↓
連句的です。おんじい、ありがとうござんす。

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