無料ブログはココログ

« 平成24年診療報酬・介護報酬改定(79)               包括的ネットワーク構築への評価を | トップページ | フジと茄子の蛇腹煮弁当 »

2011年10月24日 (月)

季語『肌脱(はだぬぎ)』談義

コメント

この晴子は、飯島晴子です。

※いつも二階に肌ぬぎの祖母ゐるからは   晴子

らんちゃんの恋句、斬新ですね。
ボブスタイル(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%8A%E3%81%8B%E3%81%A3%E3%81%B1)が似合うらんちゃんらしい一句。

ところで、うたまるさんの肌脱ぎの句。
オンナを違うものに変えることで、また違った恋句になったと思いますが、この季語の説明では、わたしも、夏の盛りにシミーズ姿でうろうろしていたしうとめの姿と重なって、色気を感じることができんわー。
本来なら、いろっぽい季語であるはずなのに。かなし。
 

肌脱という季語で、九州俳句やたちきや、その他かささぎの知っている範囲の俳句誌、連句誌で恋句やってるのを、みたことがない。恋句だけでなく、使われなくなった部類の季語ですよね。
男で言うならすててこ腹巻姿のおんな版。どこにも女限定の季語とはでていないけどね。

本来なら色気のある季語、なんだろうかね~?
白地とか羅(うすもの)とか裸は使われるから、やはりかささぎが思ってることと同様の理由かもしれませんね。季語自体言い過ぎてるというか、身も蓋もないというか。笑。
今でこそ夏はクーラーがあってしのげますが、昔から夏はしぬほど暑かったし、ふつうに肌脱ぎしてたんだろう。どんな年齢層も。
ほか、ハダヌギという語からイメージするのは、博徒の江波杏子サンが片肌だしてさいころふってる図。

こどもならこういいそう。

ぬぐのは服、肌はぬがない。

(やっぱりとればよかった。こんだけの話題がでてくるしね。きもの文化のうえに成り立っていた季語ですね。

冬場、血圧を測るときに厚手の服の上からマンシェットを巻いて測定しようとすると、怪訝な顔をされます。
厚手の服を捲り上げると、捲り上げた服が腕を締め付けて、かえって正確に測定できません。
衣服を脱いでいただくのが最も良いのですが、多少の厚さの服の上からでもさほど大きな誤差は出ません。服を捲り上げて測定するよりは正確です。
血圧は、腕の深部に走っている動脈にかかる圧力とマンシェットの空気圧とのバランスの具合を測定するものですが、動脈とマンシェットの間には、既に皮下脂肪だの皮膚だのの障害物が存在しています。これに服の厚みが加わっても誤差範囲です。
「服は脱がなくてもいいのですか?」との疑問には「天然の皮ジャンも脱がなくていいくらいですから」と答えています。

肌は脱がない。

連句的。ですね。
そういう理屈はしりませんし、きいてもよくわかりません。
血圧、自動で測る機械が病院に設置されていますが、あれに腕をぎゅうっと締め付けられていくとき、無性に恐ろしい。こいつ、ちゃんと加減わかっているのか?と疑う。一度、ちぎれそうになるくらいにぎゅうううっとしぼられて、以後、きょうふを感じます。

らんさんの小野小町句につけた句は、かささぎの

初恋はどんな恋なのにいにい蝉

というかまとと風のかむろの句でした。
どんな美女にも少女のころがあった。
で、にいにい蝉っていう季語を始めて使ったのですが、そういえば、最近にいにいゼミってあんまりみかけませんよね。減っているそうなのです。いったいなぜでありましょね。昔はたくさんいました。

大正か昭和初期。

白い帽子をかぶった学生が普段、いつも道ですれに違い会釈をしてくれる小さい子連れの女性に、密かに憧れを抱いていた。ある暑い夏の日、ふと道端でその女性の自宅と思われる横を通り過ぎた時、つい垣根の隙間からその自宅を覗いてしまった。
家の縁側には誰も居なかったが、少し物音がしたのでそちらに目を向けると、その女性が肌脱ぎで洗濯物を干していた。ドキドキしながら何秒かその様子を見ていたが、ふと我に返り立ち去った。。
夏の淡い思い出。

どうも恋句は苦手。。。

戦国百首和歌の、わずかに見たる恋と前書きのある歌。
七十一  纔見恋 *  宗房

ほの見てし人に想ひをかけ初て
打いでぬ間の身をいかにせん

* 纔見恋・・わずかに見たる恋

うたまるさんの歌の意味はよくわかりました。
ものがたり風ですね。垣間見の恋は、風情があります。べつのことばでいえば、のぞきなんだけど。

短い言葉での表現は奥深いですね。
ありがとうございます。

山本健吉の『季寄せ』

▽肌脱
夏、肌脱となってくつろぐこと。
片肌脱・諸肌脱。

肌脱や萎み給へる母の乳  枯山楼
  老婆(人情・他の句)
夏痩の貧しき肌をぬぎにけり  草城
  男(人情・自の句)
肌脱の女ひそかに見てしまふ  うたまる
  女(人情・自他半)

並べてみると、うたまる句、負けていません。
堂々とした恋句ではありませんか。
かささぎが取り損ねてしまった名句です。  
ついでに、人情句の分類をやってみました。
連句を始めて三年くらいのとき、いちいちこれは何の句かというのを分類しながら意識してやっていました。人情自の句の打越には、おなじ人情の句は出さない。というようにして。

« 平成24年診療報酬・介護報酬改定(79)               包括的ネットワーク構築への評価を | トップページ | フジと茄子の蛇腹煮弁当 »

コメント

そういえば、飯島晴子も自裁された俳人です。
川野りょうそう先生がれぎおんに書かれていたとめがきで読んだ限りでは、うつだったようです。

では、今日も元気にいってきます。
今日の弁当はフジと蛇腹ナス弁当です。

気分障害(躁、鬱)とうまくつきあっていた作家に北杜夫氏がおられます。
つい先日、氏の本を買い、これから読もうという矢先の訃報で喪失感に包まれています。
まだ個人情報保護の習慣が希薄だった三十数年前、国内の作家の自宅住所録を入手し、北杜夫氏へファンレターも兼ねてちょっとしたお手紙を差し上げたことがあります。
ところが、氏は、このようなどこの馬の骨ともしれぬ一学生へ、丁寧な自筆で返事をくださったのです。それも、返事が遅れたことの詫びを添えて。
その手紙は今も私の宝物です。
どんなに忙しくても読者を大切にする、というプロ魂に触れた、インパクトの強い思い出でした。
ご冥福をお祈りいたします。

世田谷区のご自宅へ差し上げた講演依頼への返事ですが、昭和53年3月18日の「千歳」の消印でした。
旅先からわざわざありがとうございました。
「杜夫」という荷札をつけた幽霊がMORIOと名の入ったトランクから飛び出している楽しいイラスト付きの印刷文と自筆添え書きとが混在したものです。
~~~~~~~~~~
拝復。お便り有難うございました。このところ頂く御手紙が多く、申訳ありませんが、仕事の妨げとなりますので、ゆっくり御返事を書くことが困難になりました。(中略)
コーエンのたぐいは生理的に苦手で母校のものもお断りしています。あしからず御了承下さい。
          〒156 (住所略)
                      北 杜夫
~~~~~~~~~~

昭和53年のその日付はわが母の48回目の誕生日、同年秋には一人息子を長崎旅行中になくしてしまうのですが、まだそういうことは何もしらず、日々いちご作りに精をだしていました。

そのころ、あなたはなにをしていましたか。
乙四郎さんは大学生だったのですね。
私は天神の心療内科までバスを二つ乗り継ぎ、久留米からは西鉄電車に乗って、遠距離通勤していました。うつの人もおおかった。そのうちの一人はわたしのおとうとでした。

北もりおは「さびしい王様」をよんだ記憶しかない。そのころは人気の絶頂期だった。こりあん先生の遠藤周作と、ドクトルまんぼう・北もりおがごっちゃになりそうです。
きたもりおのシリアスなの読んだことありますか。
短歌は一切やらなかったのでしょうか。
お父上の歌集「赤光」は初版をもっています。古本屋で求めました。すばらしいです。すごいえいきょうがあったはずで、どうやってそれに反抗したのだろう。

かささぎの追悼歌一首

はちじふしそれは美事な死頃合(しにごろへ)
 コスモスの花群れ咲く野辺に

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 季語『肌脱(はだぬぎ)』談義:

« 平成24年診療報酬・介護報酬改定(79)               包括的ネットワーク構築への評価を | トップページ | フジと茄子の蛇腹煮弁当 »

最近のトラックバック

2020年2月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29