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2011年10月 7日 (金)

八女戦国百首和歌の謎を追う  題のなぞ コメント集成

コメント

隠居様に同じ、同詠の「同」が気になり、「同詠」の用例を検索してみました。
すると・・・
春日同詠
春日同詠百首和歌
春日同詠百首倭歌
夏日同詠五十首和歌
春日同詠子日興和歌
春日同詠松有佳色和歌
春日同詠梅近聞鴬倭歌
春日侍北野聖廟同詠卅首和歌
秋日同詠十首和歌
秋日同詠五十首和歌
秋日同詠紅葉交松和歌
秋日同詠星河秋夕和歌
秋日陪社壇同詠祈雨百首
秋夜陪住吉社壇同詠五首和歌
冬日同詠百首和歌 藤原雅家
【冬日同詠百首和歌】新千載集撰進の資料として足利尊氏が詠進した応製百首
夏日同詠霍公鳥歌 田中道麿 木晩の時に成ぬとほととぎ 熱田神社に呼立なくも          
秋日同詠鹿歌 道麻呂 さおしかの声きこゆなりさよ中と盛更ぬらし声所聞也
冬日同詠百首応太上皇製和歌 従一位行右大臣藤原朝臣冬平上 橋
たえだえにふむもあやふく成りぬれど跡は昔のままのつぎはし
権大納言局前藤大納言為世卿女
・・・と古典にたくさん出て来ました。
比較的新しい用例では、
新年同詠船出應制歌
昭和二十八年二月五日宮中歌會始の儀に際しての召歌
ふなびとは はやこぎいでよ ふきあれし よひのなごりの なほたかくとも
「侍」の付く用例もたくさんあります。
夏日侍太上皇仙洞同詠百首応制和歌(定家詠『拾遺愚草上』)
初冬侍太上皇幸住吉社同詠三首應製和歌
冬日侍太上皇仙洞同詠百首応製和歌 正四位下行近衛権中将兼丹波介臣藤原朝臣為藤上 橋
いにしへの ままのつぎはし つぎて猶 いまもかはらぬ 代代の跡かな

ヒットしたすべての用例が、季節がらみです。
季節に「同」じて詠んでいるのではないでしょうか。
従って、八女百首は発句に「同」じて詠まれた、という仮説はとりあえず却下いたします。
なお、「宝前同詠」という用例は次のひとつだけでした。
http://www.chs.nihon-u.ac.jp/institute/human/kiyou/49/H-049-002.pdf
いまこゝにうつすもたかきみやゐかな
もとのなきさの玉津しま姫
    応永四年十二月
春目侍 北野社宝前同詠
     寄神祝吉和歌
参議從三位行兼右衛門督藤原朝臣雅縁

これらの「侍」の用例が掲載されているページの解説文を読むと、どうも、「侍」は「はべる」の意のようです。
従って、「日待ち」の天皇行事だという私の仮説もとりあえず却下いたします。

おお、おつしろう先生、
さすがです。視界がぱあっと開けましたぞ。

さいごの
春日侍のまちがいですか。
春目侍になってます。

はべるもまつもおなじような意味ですから、どっちの字でもいいのだろうと私は勝手に思っていましたよ。もともとサムライは侍っている人のことですしね。コトがおきるのを。
あの江戸から明治の変わり目、江戸城での武士の写真をみて、あらららと思ったのを忘れない。ほんっとに手持無沙汰で、気の毒なようだった。いまのかささぎみたいに、ゆるゆるでした。

あとひとつ、つぎの木晩は木挽の、ほととぎはほととぎすのまちがいではないですか。
夏日同詠霍公鳥歌 田中道麿 木晩の時に成ぬとほととぎ 熱田神社に呼立なくも 

(あつた神社、熱くないのになんで熱田っていうんだか。。。かささぎのぼやき。)

追伸、気になって自分で調べる。
すると、木晩で「このくれ」とよみ、
〔名〕木が茂って暗いこと。また、そのところ。こぐれ。《季・夏》*万葉〔8C後〕一〇・一九四八「木晩(このくれ)の夕闇なるに霍公鳥(ほととぎす)何処(いづく)を家と鳴き渡るらむ〈作者未詳〉」とでました。やはりほととぎす。

つぎに、ほら、やっぱりでましたね。

秋日同詠鹿歌 道麻呂 さおしかの声きこゆなりさよ中と盛更ぬらし声所聞也

明更の同類項とおぼしき、盛更という言葉。これがかささぎがもしやあるかもと思った、「底更」の意味の言葉ではなかろうか?もっともふけている夜のさなか。
だれもしらべるひとがいないんだろうか?
暦学者も?誰も?参照記事:http://geocities.yahoo.co.jp/gl/kiyoshi0302/comment/20110914/1315989380#comment
ふけの五段階にきっと全部名前があったはずなんだ。人間でも初老中老高貴老とあるくらいだし。初更だけはわかりますが。ううむ、いつだったか、ふける、という題でなんか書いた記憶が。

春目侍は春日侍の間違いでした。
pdfを読み取るソフトが誤認識していました。

・・・それにしても、ここはコメントが多いと埋もれてしまい自分の投稿の発見にも手間取ってしまう。
タイトルの長い記事のコメントばかりだと、昨夜のコメントさえも消えてしまう・・・

すみません、とりあえず、手近のコメントからまとめてアップします。

以前のコメント、ご隠居のお声でうもれているものがありますが、

ほんっとにすみません、暇をみつけてやりますので。
なにとぞおゆるしください。(かささぎ)

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コメント

【困った人たち】

“謎”などではありません。

単に“基本的”な知識が欠けているだけです。

もっと自分の頭を使って真剣に考えて下さい。これらのことは,

高校程度の漢文の力と,
日本文化についてのきちんとした知識,

があれば簡単に理解されることです。

もしそれがない,解らないというのであれば,いったい高校で何を学んだのかとお尋ねしたいです。

ああでもない,こうでもないと言っているのは,結局は“日本人力”がない。

つまり,日本人としての“アイデンティティ”を喪失してしまっているという事を意味します。

「同」という文字について,一番分かり易いのは

【新年同詠船出應制歌】

だと思います。

引用の「ふなびとは」の詠は,昭和28年(1953)の宮中の歌会始の“お題”が「船出」であり,召人(メシウド)の歌人会津八一が制に応じて詠進したものです。

ちなみに読み下すと,

「新年,同じく制に應じて“船出”を詠む歌。」

となります。

意味は,改めて言うまでもなく,
この年のお題(天皇から出される)が“船出”であり,それに同じて(和して),制(天皇の求め)に応じて詠進した歌であるということです。

俗に“新年應制歌”というのです。

つまり,“同”という文字があれば,その前に(もう一つ)それの元になるものがあるという事です。

ちなみに,この年は

日本学士院会員・新村出,
歌人・会津八一,

の二名が召されています。

彼らが,制に応じた和歌が天皇に詠進され,その懐紙の冒頭に

「新年同詠船出應制歌」

二行目に“肩書き,氏名”が署されるのです。

したがって,この場合,当然ながら天皇も歌を詠まれますが,
“御製(ギョセイ)”に同じた訳ではなく,天皇の出されれた
“お題”に同じたという事です。

“季節”云々は,単にそれらの歌が“いつ”詠まれたものであるかを示すだけで,季節と“同”という文字が特別な関係にあるという事ではありません。

したがって,
【季節に同じている】
訳ではないのです。


インターネットで沢山の用例を集められるのは結構ですが,それらを通して“何か”理解出来ないものでしょうか。

本当に泣きたくなります。

人間って,こんなにも思考力がないものでしょうか。

まあ,日本の学校教育は,明治の学校教育発足以来,“考える”人間を育てるためのものでなかったのですから仕方ありませんが,橋爪氏は学長職にあるのです。あなたは,このご自分を取り巻く今の状況をどのようにお考えになりますか。

貴男が学長をなさっている【保健医療経営大学】では“考える”人間を育てるような教育が行われていると胸を張って言えますか。

弁当食べつつ携帯端末を開きました ご隠居に臥してお願い申しあげます
有り難いご教授なのですが どうか それだけにとどめて頂けませんか
素人が一生懸命片手間にやっていること
確かに話にならないのかもしれません
ですが
だからといって
そこまでおっしゃらずとも
私の美学としては
匿名希望であれば批判は一切慎みます
こうでありますよという助言だけにとどめる
ああ
だけど
そんなにむきになるのはやめましょう

こどもを叱りつけた記憶
先輩方から叱り飛ばされた記憶
どちらもどちらも忘れ難い
ひとつ言えるのは
支配と服従の関係にはならないでいましょうと言うことだけです
あまりご隠居のお言葉が辛辣すぎましたので
かささぎの喉に塩鯖と大根葉が引っかかってしまいました
それで
一筆計上致しました

>インターネットで沢山の用例を集められるのは結構ですが,それらを通して“何か”理解出来ないものでしょうか。

本当に泣きたくなります。

人間って,こんなにも思考力がないものでしょうか。


・・・むかーっ!!
お言葉ですが、おかげでたくさんわかったことがあります。

わたしは「五更」についてもう少し知りたかった。

辞書にはこうあります。

五更とは。

1 一夜を初更(甲夜)・二更(乙夜(いつや))・三更(丙夜)・四更(丁夜)・五更(戊夜(ぼや))に五等分した称。
2 五更の第五。およそ現在の午前3時から午前5時、または午前4時から午前6時ころにあたる。寅(とら)の刻。戊夜。

しかし、これ以外にも呼び名がそれぞれあったのではないか、ということを、古歌が教えてくれます。
明更という呼び名が八女戦国百首に出ていますし、昨日は竹橋乙四郎先生ご紹介の古歌に

秋日同詠鹿歌 道麻呂 

さおしかの声きこゆなりさよ中と
盛更ぬらし声所聞也

この中の『盛更』、せいこうとよんで、うしみつどきのことではないだろうか。
辞書には出ていません。
隠居じじい。あなたはよまれなかったのですか。
わたしはわざわざ函館まででむいて、プロの国文学の権威にたずねたのですよ、けれども、知らないと
いわれてしまったのです。明更。
学者のくせに、そんなのもしらんとはなさけない、とおっしゃるのですか。
ではご存知なら、お説を開陳なさったらどうですか。

かささぎは自分の目を信じる。
たまにどつぼにはまることもあるけど、でも、人が気にならないことが気になるというのはすごいことだと思っている。竹橋乙四郎という学者は、八女学にとって、不可欠の、インスパイアしてくれる視点を提供してくれる人です。たとえ畑違いでも、才能がある。

杉山洋先生のブログをごらんになればお分かりのように、八女に住んでいなければわからないものってのが厳としてある。はたからみれば、なんという無智なことをやっているとしかみえなくとも、それ以外の方法がなかったりもするんです。
わたしはこれまで一度も書きませんでしたが、世の中ではえらいと思われている俳人や学者が、草書が読めなかったり、それを認めたくなくて、わたしはこういうのはやりませんからといって逃げたり、あるいは、かささぎのおちょくりに逆上して、じつに大人気ない、赤色文字の罵詈雑言だらけのへたくそな字のはがきを下さった「上品なおかた」もいらっしゃいました。
よほど人にみせて、こんなことをなさるなんて、なんという幼稚なおとこだろうと笑おうかと思いましたが、いくらなんでもそのお方、いまごろは恥じて後悔しておられるに違いないと思えて、すぐゴミ箱に捨てました。
よかった、もっていたら、忘れなかったし、じぶんもみじめだった。こんなひと相手にけんかを売ってしまったかと。
とはいえ、いわれっぱなしはしゃくなのですよねえ。
これ、かささぎの性格。
はい。
わが長男はこの大学の生徒なんですが、どうよ、こんなこといわれて、なにか言い返したくない、って伝えたところ、いいよいいよ、勝手にいわせてたらいいじゃない。新設大学だし、エフランクの偏差値ってだけでもなんかいいたいのだろうし、そんなの、放っとくに限るよ。
・・・だそうですよ、ご隠居。のんきなものですね。

かささぎの旗に永年お世話になっているものです。

あきれる隠居さま
空気の読めない高飛車目線はどこへ行っても嫌われますよ。
かささぎさんは怒っているんだから一度誤ってから
お説を述べられたらどうです?

いえ、さくらさん、いいんです。
高飛車なのは自分でした。
なにも基礎的な知識もなく、想像でしかものをいってませんから、お叱りはごもっとも。

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