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2011年9月 1日 (木)

横山康夫 『天心を』

天心を

  横山康夫

天心を月は去りかね曲尺(まがりがね)
十六夜のもつれもつれて木綿糸
菊の日の光は粛として荒野
鳴くほかなき山羊の憂鬱柞山
秋闌けて紐が操る人馬かな
永遠に晴(ハレ)の男でゐて遊ぶ
水時計水の行方は
捨てをかれ
橋淡にほつれちぎれる谺
かな
終焉の日和百年待ちゐたる
疾風またはやてを生みぬ石蕗の花
冬至梅挿頭して昨日今日ゆたか
飲食(おんじき)の總身は彌立つ凝鮒
來し方をふりむきざまの鬼火かな
忘恩といふいつぞやの雪煙
ふるさとの富士に雪降る澪標

よこやま・やすお

1948年大分県生まれ。
1968年、作句をはじめる。
1971、『俳句評論』に参加。
72年、同人誌『天敵』創刊。
78年、「天敵」を解消、「未定」創刊に参加。
90年、「未定」退会。
91年、『円錐』創刊に参加、現在に至る。
句集に『氷翼』『櫻灘』『天體』。

 『連衆』59号(谷口慎也主宰)所収

▽かささぎ斜め読み

横山康夫の句は、読んで面白い句ではありません。
渋いし、あまり色気もないし、これっぽちの媚もうらない。
その上というか当然というか、表記はごらんの通り、旧仮名で正字。
生ける屍、生ける旧時代の化石みたいなあじわいさえある句群です。

勝手によませてもらいます。

天心を月は去りかね曲尺

まがりがね、というのは大工さんのはかりですよね。直角に曲がっている。
句としての面白みは、去りかね、まがりがね、という韻踏みだけど、実際に脳裏にわきあがる映像は、まだ完成してない木造の家で、骨組みだけの屋根の隙間から月光がさしてくる。
足元にはいまどきの大工さんがしまい忘れていった曲尺が無造作に転がっている。
・・・だれもこんな読みはすまいなあ。
かささぎ、以前博多の五十川八幡宮の改築かなにかで大工道具がそのまま打ち忘れられている風景を見たことがあるんで、どうしてもそれが記憶から抜けない。
道具は大工の命だって言っていた世代があったのに。
だけど、ほんとはこの句は、
おつきさんは夜空の真ん中から動こうとしない、それは自分がおつきさんがどこへ行っても、おいかけてしまうので、常に意識の中心点にあるからだ。また、月は決して曲がらない。これもまた。

よくできた句だとおもったのは、

秋闌けて紐が操る人馬かな

人と馬とは紐でつながっていて、それを操っているのは人です。
だけど、じつは馬が人に細かな指図をしている、ともいえます。
さらにいえば、何の意思ももたない紐こそが両体を支配しているともいえる。
こういうことは割りと日常ではあることです。
動かしていると思ってたのに、動かされていた、とか、よくあるでしょう。
俳句形式などはその最たるものかもしれません。
575という制限がこの句の紐にあたるわけです。
人馬が人と言葉。
そういうことを連句的に思っていると、味わい深いです。
また、かささぎ個人の趣味ですが、漫画家岩明均の『ヒストリエ』第6巻の内容をちょっと連想しました。むすこの漫画なんですが、つい何回もよんでしまうのです。よむたび、よみおとしがあるから。さりげなく、深いところがあるから。

疾風またはやてを生みぬ石蕗の花

これ、すきですねえ。厳しい句だから。
つわの花のけなげな黄色が屹立していて、しゃんとしてる。
かくありたいものだ。

冬至梅挿頭して昨日今日ゆたか

かざしの文化論、というのをこころのなかでかきました。
冬至の梅をかざしにする。冬至かぼちゃより粋ですね。

橋淡にほつれちぎれる谺かな

最後にこれ。よめませんでした。
橋淡というのがよめません。

きょーたんだったら、驚嘆。
はしあわだったら、あわわ。

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コメント

うわっとっと、。
あさいちでよこやまやすお検索したらここへでました。自分でじぶんのかいているよみにへえっとおどろいた。
いよいよボケの始まりか?完全に忘却してたんで。

なぜここへきたかというと、曲尺。
昨日読んでいた北野民夫句集に、鯨尺の句があって、それを見てたらおもいだしたのです。

ところで。あれはなんというのでありましょうか。
稲刈りがおわって、藁でちいさな束をつくり、それを
傘みたいに広げて刈あとの地に逆さまに立てること。はざがけという言葉は知っているけど、あれは稲架とはちがうから。
北野民夫の句集にははざぶすまという季語がでてきたけど、そんなおおがかりなものでもないしなあ。

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