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2011年9月25日 (日)

樋口軒の料理と山太郎蟹

今年たべたものすべての中でもっとも美しく、かつおいしかった。

ああ、だけどさ。ねだんが高かった。ということがどっかにあるからかな。

逐一料理の写真をとっていたのは、うたまるさんです。
(どうすんだ、写真。)

山太郎蟹、はじめて食べました。もくずがにです。
らんちゃんとえめさんがいうことには、こどものころ、川で父が蟹をとるのについていって、甘辛く煮付けたものを食べていた、そうな。
食べ方がわからなかったんですが、らんちゃんがおしえてくれた、殻ごとかりかりといただく。
香ばしかった。

翌日の早朝、樋口軒のそばの川の水が増水したら片付けるという木橋(がたがた橋?流れ橋?)をわたっていたら、川の中に蟹をとるための網がしかけてあるのがみえました。

 山太郎獲られず生きよよく遊べ   恭子

山太郎どん。あんたたちゃ、流れの速か川んなか、どげな暮らしばしよっと。

(写真はえめさん。)

えめさん

▽山太郎蟹について

参照ブログ:http://www.pref.miyazaki.lg.jp/contents/org/honbu/hisho/jaja/14_04.html

とてもきれいな写真。
引用させていただきます。ブログ主さま、ありがとうございます!

「山太郎という名にふさわしく、川の相当な上流部にまで棲むカニだが、秋になると列をなして川底を行進し、河口域から海にかけての水域で産卵をする。その行進の途中に通りかかったカニが、餌につられてかごに入るという漁だ。」

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コメント

>今年たべたものすべての中でもっとも美しく、かつおいしかった
ああ、だけどさ。ねだんが高かった。ということがどっかにあるからかな。

まあね。値段が高いと美味しくないわけがないと思い込んでしまうところがないでもない。
三年前になるか。
柳川の御花でやまなみ大会を開催したとき。
料理だけで、7000円だったわけさ。
宿泊しない宴会費用。
でも、それに参加したひとが同じようなことを言ってくださった。さすが御花ですね。値段だけのことはあったとおっしゃってくださって、企画したひとりとしてはそれがお世辞でもうれしかった。たまにはじぶんへの褒美としておいしいもん食ってもばちはあたるまい。笑

夕飯の値段の高さにしり込みし、一人ラーメンをすすってしまいました。
特別惜しいとも思わないのは、歯がいけないせいで、何を食べてもおいしくないのです。
皆さん、くれぐれも歯は大切にしましょう。

(せいこさんの義援金からは
山太郎二人前をいただきみんなでいただきました。)


かささぎはとてもさびしかった。
ぼん、わかってください。
あなたのおもいはよくわかります。
でもね。
おかねをおしむな。おかねはおかねでしかない。
いきたお金をつかおうよ。無駄やぜいたくも時にはひつようだよ。
わたしはおかげで、ぜいたくとはなにかをしったよ。
樋口軒のどこがすばらしかったか。
それはあの狭いお風呂です。千駄ヶ谷の青年館のおふろとおなじくらいの細長い浴槽がひとつあるだけ。
無駄なものがなにもない。
ただガラス窓の広々とした空間があって、そこに映る矢部川の雄大な景色。自然の借景。
けっしてせかさない、じつにゆったりとした間。
じぶんちもゆっつら~っとしとるばってん、ごたごたとモノであふれかえってきたないから、こういう空間にきたら、すごくすごくこころが生き返る。高価でも惜しくないと思った。私には年に一度だから。

ところで、山下整子。
すごいおんなだ。
せいちゃんが自分も決して豊かではない(かささぎよりは立地だろうがな)中から、そしてなにかと物入りの中から、遠方からみえるうたまるさんのために、みんなのためにと出してくれた義援金のお花、そのきもちが涙がでるほどうれしくて、会計のらんちゃんが、「こんな大金もらえないよ、もどそうよ」、というのを、いや、いただく、ありがたくいただくから。といって、うけとってしまいました。
せいちゃんのそのおもい、みんなでいただきたかったんだよ。
それなのに、大事な仲間のぼんがいないなんて、。
ぼんのそのおもい、
ああわかるよ、なんていって
じつは少しもわかっていないんだろうな。
かなしいさびしいことだね。

ほんとはね、おいしかったけど、
ぼんがこなかったせいで
どこかなにか砂をかんだようなきもちがのこった。

そうでしたか、これでもずいぶん悩んだのです。かささんがそんな風に思っているとは思わなかったです。一人違う行動をとるのはよくあることですから。

わたしはせいこさんにはなれません。

お金に対する思い、みなそれぞれでいいと思います。
自分の価値観は大事にするべきだと思います。
私もお金には苦労しているのでシビアですが、時には、はじけることにしています。

ところで樋口軒についてですが、前々から樋口軒の名前が出てくるたびどきりとしていたのです。

子どものころ、近所に住む親戚の叔父さんは、村に1人は必ず居る遊び人の青年でハンサムでした。
その叔父さんがある日、博多人形のような顔をしたきれいな女の人を村へ連れてきて一緒に住み始めた。
その人は船小屋の芸者さんで、声がきれいで小唄を歌いながら私たちに踊りを教えてくれた、もちろん踊りの名手で、村の婦人会の人たちにもいっぱい教えていた。
華やかな世界にいた人が何もないど田舎にきて、何もしないで居る訳はない。
家の軒先に台を置いておもちゃやニッキ水やお菓子を並べて商売をはじめ、村の子どもにとって夢いっぱいの場所になった。
その人は、その後田舎の生活に別れて船小屋へ帰って行った。
母たちはその後もその女性とずーっと付き合っていて、団体旅行で船小屋へ行くと「○○子さんに会ってきた・・・」とかよく言っていた。
その○○子さんが居た旅館が樋口軒。
このコメント書くにあたり、鳥栖のおばに電話して○○子さんの思い出を語り合ったのでした。

ぼん、あのね。
自分のとる行為がみんなにどんな思いを与えるか、というのは一度おもってみてもばちはあたらないとおもいます。
あなたは貧乏な人ではありません。
それなのになぜ、あんな失礼なことをしてしまって、みんなの思いに気づけないのでしょう。
せいこさんになれとはいいません。でも、せめてみんなにいやな思いをさせないだけのおもいやりはもっていてほしい。
あのね。せっかくあの場でらんさんがぼんをかばって、とりつくろってくれた(あれ?なぜぼんさんはこないの?との問いかけに)のですが、それをひっくり返すようなコメントをかくものだから、わたしも真正面から書いたよ。だっていやだったから。ほんとうに不愉快だった。これだけはつたえるね。

びんぼうなのはゆるせるが、びんぼうくさいのだけはどうしてもいやだもの。

そこをどうかかんがえてみてください。
これはほんとの貧乏人からのおねがいです。

ぼんのおかげで、ひさしぶりに貧乏についてしんけんにかんがえた。ありがとう。
だれもたえきれぬようなことに平気でたえられるぼんはしっかりもんのおかねもちで、こんなかささぎだからずうっとびんぼうなんだろうな。だってあんまりおかねのことをさきざきまでおもわないもの。

さくらさん、
ひとそれぞれでいい、との助け舟、ありがとうございます。
さくらさんの、そんなところ、だいすきです。

それと。
まるで掌編小説みたいな記憶をおしえてくださって、ありがとうございました。

ふなごや、わたしには近くて遠い温泉地でした。
むかしむかし、ばあちゃんたちがよく行っていた。


すみません、食べられない自分がそばにいたら、不愉快な思いを皆さんに与えるだけだと思って失礼していたのでした。食事前に失礼するのが礼儀だと思ったのですが、もっと皆と居たかったのも正直な話で。
一緒にからくり人形を見ることで、それはチャラになると思っていたのです。
あらためまして、連衆の皆様に不愉快な思いをさせて申し訳ありませんでした。

この話はもうこれで終わりにしてください。

はいわかりました。

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