無料ブログはココログ

« 懐かしき甲四郎先生に『黄櫨』誌で遇う | トップページ | タイ王国の社会保障制度(1)             20年間で乳児死亡率が半減した国 »

2011年7月29日 (金)

井寺容子の河野裕子追悼歌ー『黄櫨』誌

黒木町の角整形外科待合室におかれていた同人誌『黄櫨(こうろ)』。

いつぞや甲四郎先生が話しておられたっけ。と思いつつ、めくれば。
お名前を存じ上げている人がちらほら。

イデラさん。山下整子ブログでおなじみのやまなみ歌人。
よむ。題名にひかれる。
お盆のことが書かれていた。
彼女のおやごさんたちはもう、こちらにはいらっしゃらないのか。
筑後の「本家」に生を享け、「本家」にとつぎ、「本家の嫁」としてお盆の料理を作る。
そこにあげられたなつかしいお盆料理の数々、わが家でもついこないだまで、法事などのたびに家で作っていたものである。
そういう具象から文章は書き起こされ、お盆をむかえる心準備を、とても寂しいと書くイデラ。
(連句人のかささぎは、ここで何の脈絡もなく、

あるじはひんにたえしからいえ。

というだれかの付を思い出す。あれはからいえ、ってのは、空家だったか、虚家だったか。
どういう意味なんだろうかなあ。主は貧に堪えし虚家・・・カライエという言い方が、実家の反対語みたいに思え、咄嗟にこれがでてきたのだとおもう。)

いでら、さらに今年はもっとうんとさびしいという。
最も尊敬する歌人であった河野裕子氏が亡くなったからとつづられていた。
河野の歌集七冊を読み返して、追悼している、とも。

河野裕子追悼

此岸よりしづかに離れてゆきし舟
 翠に萌ゆる葦舟がゆく   井寺容子

へ~え。いでらさんも河野裕子先生のファンだったのですね。
しらなんだ。

この文章で目をひいたのは、お盆の説明です。
ここに引用したいくらいの深さなのですが、さすがにそこまでは手のひらに書き写せませんでした。

« 懐かしき甲四郎先生に『黄櫨』誌で遇う | トップページ | タイ王国の社会保障制度(1)             20年間で乳児死亡率が半減した国 »

コメント

あらら??
わたくしにとっては、冊子でおなじみの名前が・・・。
こいつ、どこでも、活躍してんなあ。笑

おはようございます。
お盆の行事は最近すっかり簡素化しましたね。
私も忘れてることが多いかな。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 井寺容子の河野裕子追悼歌ー『黄櫨』誌:

« 懐かしき甲四郎先生に『黄櫨』誌で遇う | トップページ | タイ王国の社会保障制度(1)             20年間で乳児死亡率が半減した国 »

最近のトラックバック

2020年7月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31