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2011年7月29日 (金)

懐かしき甲四郎先生に『黄櫨』誌で遇う

先生はお元気なご様子、毎朝一日も欠かさず、久留米市民のラジオ体操の会に参加されている模様。その生き方がいつも前向きで、爽快です。

父の里の高塚にいくとき、先生がいらしたあたり、矢部川と花宗川にはさまれた地のよこを通っていきますが、その都度、先生のお顔がうかびます。

ドッキョロージンであらせられる先生なのに、あまり生活の心配はいたさないのは、先生の処世訓を遠目にも知っているからであります。

先生はいっぺんに一週間分のごはんをたいて、できたてを一食分づつラップ掛けして、冷凍される。このとき、エーコープで買った(おお、今はどこで買われているかしら)まぜこみわかめをいれておくと、おかずもいらないくらいだ。(とかかれていました)。

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コメント

かささぎさん
ご無沙汰し申し訳ありません。
時々、お邪魔していました、、、。
きょうは、甲四郎先生のお名前が目に飛びこんできました。
今も、執筆活動を、という事はお元気なのですね。
懐かしいし、様子が少しわかって嬉しいです。
かささぎさん、お仕事も変わられ、お父様のリハビリなど、お忙しそうですね。
どうぞ、あまり、無理のないようお過ごしください。

ようこさん、ありがとうございます。

ああうるさい。今ね、太鼓の音がドンドンて。
遠くの丘のほうから。八女丘陵から。
なにがあってるか、わかります。
父のいる施設で夏祭りがあってる。

甲四郎先生の事は時々こころで思っています。
ただ、メール通信がこの二年のあいだに途切れてしまいました。アドレスがかわって、わからなくなりました。

久留米のマンションにひっこされたそうなんです。
そちらの方が安心なのだとおもいます。
八女のお住まいは畑つきで広大でしたので、もてあまされたのではないでしょうか。
先生はどんなときでも、一人で前向きに、ひたむきに、いきておられますよ。そのお姿を文章で遠望して、かささぎは、ちいさなことになやんでないで、ほら、前をむきなさい。と、勇気づけられたようなきもちになりました。

あかるい、というよりも、こつこつとまじめで、ひたむきで。常に前をむいておられます。
わたしもそうありたい。なかなかできないことです。

ようこさん、ねこは(としよりいぬでしたっけね?)元気ですか。
らんちゃんという友達は去年結婚して中年のくせに新婚なんですが(なにこの屈折したいいかたは!)先日ちらっとのぞきにいったら、シュフしてました。
電話が鳴る、出る、里のおにいちゃんから。
何の話や、猫の話や。笑。
この兄妹、ねこが大好きなんですよねえ。
あれがどうしてどうなった。家出をしたけど今日は帰ってきた。。。そんな報告をして。うちのむすこのはなしではないのです。ねこのはなしでした。
いいなあ。へいわだなあ。
こういうくらし、とってもいいですね。
いきものを愛するという暮らしは。
では、ながくなりました。どうぞおげんきで。

花宗川

検索でみえていました。おかげさまで杉山洋先生の貴重な記事にいきつきました。↓

酒井田にドクターヘリポートがあったなんて。
はなむねがわの地図をみて、はじめてしった。
ところで、このかわ、人工的にひいたのかな。
それとも、矢部川が氾濫してしぜんにできたのか。

こうしろうせんせい。
えじぷとへいかれたのですね!

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