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2011年6月24日 (金)

新茶歌仙「雲ひとつなき」名残折立句 蝌蚪の紐  

青空に雲ひとつなき新茶かな    月野ぽぽな 
  畑の隙に茨咲く丘         姫野恭子
水鳥の鳴きし辺りに波寄りて     沢 都
  明治に学ぶ父の帳面       中島 倶
満月は眠らぬ街を通り過ぎ    青翠えめ
  日本列島風が身に入む      八山呆夢

射抜かれし林檎の行方見失ふ       山下整子  
  おむすびころりん欲張っちゃだめ  竹橋乙四郎  
夕暮の指やはらかき三毛の猫       都 
  着信音は『恋のフーガ』で       八山呆夢 
遅遅早・遅遅遅遅・遅早遅         恭子  
  もうじき上がる欄干(おばしま)の雨  都    
寒月の下に黙せり地震(なゐ)の塔婆   倶   
 おとなくるま座夜咄が暖       整子  
バーガー屋深海ブルーの椅子ありぬ   神崎さくら 
 愉快な河馬と儚い粥          ぽぽな  
老い門のいま花は舞い長閑庵(いお) 乙四郎    
 東をどりの取りを務めむ        呆夢 

名残表

秘やかに生ひ立つ蝌蚪の紐うごく   倶

▽さばきの独り言

ぽぽなさんへ

愉快な河馬と儚い粥

これは意外な取り合わせで、むかしの前衛詩人たちがよく引き合いに出すロートレアモンの解剖台の上のミシンと蝙蝠傘の偶然の出会いのように美しい。ってくらいです。

さくらさんの深海ブルーの句と並べると

海と河、バーガーと粥、というふうに同素材のことばが転調されるかのように出、読者はカバが粥をふうふうして食べている図を浮かべます。
それはまるでカバのような風体のおやじが粥を食っている図となり、粥の儚さが人生の儚さにも通じるゆえに、一句が意外な深さをみせる。
それを受けた乙四郎の一句は、老い門という聞きなれない造語がまるで周知の格言でもあるかのように使われていて、回文なのに自然だし、述懐や無常
をこきまぜてなお、のんびりとしてどこかめでたい俳諧的な味わいがあります。
意味がちゃんと取れます。これ、名回文の最低条件ですね。
旧かな表記で全句を書くことにこだわっていますが、これはこのままつかいます。
のどかという字、長閑がきいている。
チョウカンアンという庵は実在するだろう。
不老門というのはあるのだし、老門もあるにちがいない。
潜在意識にも顕在意識にも老いが入ってきて、ことばでそれを踏みしめているかんじ。
それをぼんさんのおっぱし句が見事にうけてくれました。

あづまをどりは四月一日から二十日ころまで催される季語です。
都をどりに対抗して始まったそうです。
そういえば、かささぎの古い記憶に、こども時代、1960年代はじめかな、母に連れられて笠原の山家に泊まった時、壁に異色のポスターがはられていたのを記憶する。都をどり、とかかれていました。はなやかな舞子さんたちがうつっていた。あまりにも場違いだったので忘れることができません。ひょっとして東京オリンピックころのだったかも。

ということで、名残の折に入ります。

さっそく中島倶さんありがとうございました。
場の句です。


秘やかに生ひ立つ蝌蚪の紐うごく  倶

蝌蚪の紐がふつうの紐とちがうところは、動いているところです。

カバとは異生類だから障らないと判断。
どうなんだろう。とおもったのは、つぎの部分。

生立つ。生ひ立つということばです。
一句よみくだした意味は、ひそやかに生れ落ちて、というほどの意味。
だけど生立つは、しらべるとわかりますが、英語のgrow、matureと出る。
育つ、成長する。発展する。

ひめやかに、とよむか、ひそやかに。と読むか。秘やかに。
おいたち、ということば。

かんがえていると、紐でぐるぐるまきにされて、永遠にでられない。

▽ぽぽなさんから返信がありませんが、いつか目を通してくださると思いますので、コメント欄の回文の稿、まとめておきます。

引用:ここです→
1 http://tokowotome.cocolog-nifty.com/blog/2011/06/post-0d98.html#comments

>ぽぽなさん、花句あたり、くださいね。回文でやったらおもしろいかも。

「回文迷宮」(↓)に掲載の月野ぽぽな作品を拾ってみました。
味わい深いものばかりです。

悲しみの波と涙だ港みな呑みし中  ぽぽな
雪と酒ずしり降り静けさと消ゆ   ぽぽな
小春日の中のほのかな伸びる箱   ぽぽな
砂を来た異選手神聖滝をなす    ぽぽな
今疼く試歩のアジアの星屑うまい  ぽぽな
桜のみより黄泉の落差       ぽぽな
濃い虹包みツツジに行こ      ぽぽな
良い紫陽花愛さ慈愛よ       ぽぽな
良いなめくじいて石組めないよ   ぽぽな
夜におかかとトマトとカカオ煮るよ ぽぽな
夕映えと戦ふ肩たとえば冬     ぽぽな
愉快な河馬と儚い粥        ぽぽな

2 http://tokowotome.cocolog-nifty.com/blog/2011/06/post-7171.html#comments

おお、おつしろうどん、ありがといいます。ありがとう!
さいごのお粥さんの句いいっすねえ。また
小春日の中のほのかな伸びる箱   ぽぽな
これもいいですねえ。此れ、春じゃなくて冬だっけ?インディアンサマー。晩秋でありまするか。↓
良いなめくじいて石組めないよ   ぽぽな
うん、今朝のかささぎみたい。
夕映えと戦ふ肩たとえば冬     ぽぽな
これ。男の背中。あるいはパワハラ女ボス。
回文はしりとりといっしょで、あそびなんだけど、ある決まりが縛りをかけるので、偶然性が高くなる、その偶然を起こす力にかけるという謙虚さがすべての、実に高尚な遊びだとかささぎはおもうよ。
むかし、若かりし頃、といっても今のぽぽなさんくらいかな、俳句ざうるすという実験的な同人誌に参加させてもらっていたとき、窪田薫おんじいって怪人がいらして、そういう遊びをめいっぱいされていた、そのきもちが今ならよくわかります。いつもいつもきまりきった言葉しか季語は連れてこない。それをきれいにくつがえしてくれる力がしりとりや回文などにはある。
それにさ。回文には、逃げようとしてものがれられない業を感じてしまいます。たまらなく重たい、だけど逃れられない、逃げてもまた連れ戻される。堂々巡りの宿命。いやなんだけどまたそこへもどってしまう定め。というか、なんというか。そんなこんなの哲学的なことをおもわせてくれる。
ぽぽなさん。回文の花句考えておいてくださいませんか。
また、花はもうひとつあります、乙四郎さんも回文の花だしてください。競詠したらおもしろいよね。

ぽぽなさ~ん!
おげんきですか。
かささぎ、勝手に無断引用してしまいました。
ぽぽなさんの回文迷宮の過去の作品をピックアップして紹介してくれたのは、竹橋乙四郎さんです。
そのなかから、短句風のおもしろい句をいただきました。いいでしょうか?かばとおかゆのとりあわせが、新鮮です。なんとなく、かばのぴんく色の肌と水の中からあらわれるときの羞恥心(笑)みたいな奥ゆかしさをかんじる。つぎの花句への回路がちゃんと開けている句だと感じました。
前句にバーガー屋があり、すぐまたおかゆが出るのは気になりません。

>ぽぽなさんの回文迷宮の過去の作品をピックアップして紹介してくれたのは、竹橋乙四郎さんです。

「回文迷宮」ブログでは、前月の投句の中から指名選者が優秀作品を抄出するという運営をされており、抄出作品はどれも傑作です。
ぽぽなさんの投句は完成度が高いものばかりで、ほとんどが抄出されておりピックアップは容易だったのですが、愉快な河馬は選に漏れて埋もれていたものを発掘したものです。
回文は、時間をかけて作る割には、自分の作品を覚えていないものです。自分で作る、というより、たまたま着想した「言葉」に作らされる、という微妙な主体性のせいかも知れません。
そういうわけで、愉快な河馬はご当人も忘れられている可能性があります。2009年11月の作品でした。
なお、愉快な河馬と儚い粥は(七、六)の字足らずです。これを連句へ引用するのはぽぽなさんの美意識と価値観に反するかもしれません。
また、河馬の「バ」が「儚い」の「ハ」に濁清転位しているのは、回文ルールとしては許されているものの、ぽぽな作品では少ないので、ぽぽなさんの美学に反している可能性があります。

ぽぽなさん、許していただけますでしょうか?





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コメント

すみません。もう一度編集しなおします。
朝ばたばたとやりましたが、あれまあ、おなじのが二か所,
ごめん。

ところで連句好きのみなさまへ。
このともさんの蝌蚪のおいたちのおったてをよんで、かささぎはすぐこれをつけたくなりました。

 逢はぬと決めてからの胎動  

これは工藤繭捌の歌仙『逢はぬと決めて』の狩野康子(仙台の連句人で有名な方です。あのクドカンのおばさまだそうで)句です。すごい句でしょう。まるでこの新茶歌仙のためにあるみたいな句。笑。
ちょい、この句がでた名残おもてを全部引用いたします。工藤繭(くどう・まゆ)さんは眞鍋天魚先生の秘蔵っ子みたいな方で、繭の俳号も天魚先生がつけられたそうです。れぎおんでおなじみの連句人ですが、かささぎは一度だけ一座したことがあります。
わたしがさばいた半歌仙にはいってくださった。
発句をいただきました。
「蒼帝や」という題を覚えています、それから天野おとめさんが出してくれた
エレベーターは真四角な箱
という句も。
連句ってふしぎだよね。
はじめてあった人とでも、このひとがなにを求めておられるのか、うすうすと察することはできるのですから。なぜなら、おなじきもちでなければ、おなじ座にいることはできない。おなじものを視ようと努めること、それがレンクなんだろうな。きっとね。

ナオ
外厠遍路の杖を立てかけて   大橋俊彦
 往復ビンタは戦中の事     川野蓼艸
確かめん長江天際に流るを   佐々木けん
 ネガのままにて金庫に眠る  俊彦
盗み出す心と鍵と耳飾り     村松定史
 逢はぬと決めてからの胎動  狩野康子
木枯が運んでくれた空の張り  けん
 投げれば開く雪吊の縄     村田実早
真面目派がジャンヌダルクを焼き殺す 山路春眠子 虫入りウオツカ小瓶十ドル   定史
月出でてしやつくりひよことひつこみぬ 俊彦
 土栗茸の煙吐く見ゆ        康子

    

ナオ二・雑・案

「気づきベル」鳴るママの自転車
クロスバイクの気づきベル考
袋一枚三円もする
エコもつもればまじやばいっす
にはか自然派やせがまんせり
ねむれない夜の飛竜権現
岩屋の寺に消える魍魎
数はたっぷりとってあります

にはか自然派やせがまんせり

に1票
天道虫の孵化した写真を撮ったけど、気持ち悪かった。我慢して撮った。

蝌蚪の紐、おたまじゃくしのたまご。
この世に生い立つために動いている。
たくさんのめだまみたいなゼリー状のひも。

ひとのせいしだってもんのすごいかず。
なんで。そんな無駄じゃん。っておもう。
でも無駄を重ねてはじめてわかることもある。
なんども失敗してはじめてみえる世界がある。

かささぎなら、
数はたっぷりとってあります
だろうかな。

まいどきょうしゅくです。
関係ないですが、かささぎの今の職場での「数取り」について書いておきますね。

ある日かぼちゃを三玉切る仕事にとりかかった。
かぼちゃのそぼろ煮。かぼちゃと鶏そぼろを甘辛く煮て、グリーンピースを散らす料理ね。
横からボスが、「かずとりをきちんとしてくださいね。」
はい。
百人を超す食数のときでも、一人に二片いきわたるように切るためには、この楕円形の物体をいくつのパートに分け、それぞれをさらに何個にきりわけたらいいのか、計算機で割り出し、数を把握することを数とりをするといいます。
かささぎはあたまがわるいので計算ができません。だから、ここだけのはなし、まともに計算機で割り出したことはなく、適当にカンでやっちまいます。
このくらいのものだろう。と思いつつ、たしかにまあ大丈夫なんですが、そしらぬかおして、ほんとにおおざっぱな性格。えっばれてたの。

つぎは函館の杉浦きよし先生にたのんでみます。
なんどかたのみましたが、タイミングがあわず、まだ一度もだしてもらえてません。
あちらのほうは、たびたびまだ余震がありますね。
こわいだろうとおもいます。おみまいもうしあげます。

そらんさんのところで、こんなのを見つけました。

サイ抱くと義務や冷や麦特大さ
夏旅と似た傘肩に飛び立つな   吾郎(2句とも)

どこのグループにも回文が好きな人がいらっしゃるのですね。

ふうん。そりゃすごい。うまいかも。
才だくと。って妻かい。つまらん洒落だ。

こんな連句のつけを恋句に以前かんがえたが、とうとう出す勇気がござんせんでした。じぶんがおとこだったら、へいきでだしていたかな。(芥川龍之介のことばからのぬすみね。)
一盗二婢三妾四妻
(いっとうにひさんしょうしさい)
意味わかりますかな。
このてのはなしはおくがふかい。だけどさいごはいやなきもちになるよ。ひとはよくぶかくごうぶかいなあと。いやだいやだよ。きよらかにいきようよ。
と、きよらかにいきているとときどきストレスたまるから、きたないこともときに書いて発散するんでありますよね。
雨がどしゃぶりなのは、とてもきもちがいいなあ。

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