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2011年6月19日 (日)

古賀音彦邸での二十韻 『みなづき座』興行

二十韻  『 みなづき座 』

 於・広川町の古賀音彦邸
 時・平成23年6月18日11時~15時

 捌・姫野恭子

新築の家の香りやみなづき座    姫野恭子
  自生の森に若葉風吹く     東妙寺らん
やさしさと強さと弱さ混み合ひて 山下整子
  スキップをして鳴らす長靴   八山呆夢

望の夜の新幹線は鹿児島へ     青翠えめ
   栗飯よそふ母の指先       呆夢
放生会人のにぎはひ偲びつつ    古賀音彦
  大阪弁で口説いてみるか       整子
言へなくてコップの水をゆらすだけ  音彦
  暗幕くぐり飛ぶよ折鶴       呆夢


名残表


新聞の一面に載る死者の数    整子
  牛馬豚鶏雪しまく中        えめ
シベリアの氷原照らし月赤し    音彦
  けんけんぱあで時を忘れる   呆夢
底なしの伯父と競ひて呑むビール 恭子
  グリーンカーテン省エネの夏   呆夢

名残裏

水屋には白磁の器飾られて    らん
  ああ中年は焦げやすきかな   恭子
花句                  中山宙虫 
挙句                  竹橋乙四郎

スナップ写真

古賀邸のあるじ音彦さんちの音彦さん

せいすいえめさんえめさん

こがおとひこ・とうみょうじらん夫妻古賀音彦&東妙寺らん夫妻

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コメント

邑に名を記し桜いま万朶
青空に溶ける桜の邑が好き
散る花を追いて明日へ近づきぬ
板張りのきしみに花が満ちる午後


行けなくてごめんなさい。
おめでとう。
花句。
満たされなければ申し付けください。


ところで、「コップの水」「ビール」「水屋」と水ものが多いですな。


ついでに、健康は特に問題ないので、その点は安心してください。(どっかで病弱になってるようなので。)

挙句は、雑でしたっけ、春でしたっけ。

そらんさん記名がないけどありがとうさん。

 散る花を追いて明日へ近づきぬ

これの「追いて」→追うてとしていただきます。
花句、「さくら」では花句とはみなされませんのでご注意ください。
水物が多いとのご指摘。
たしかに水がたくさんでています。
発句の水無月座ということば、水がないといいつつ梅雨どきの現行暦をさしてつかっている。みなづき、というきれいなひびきの優雅な月名が好きで、あたまのなかでは「水無月」ではなく「水月」としぜんに転換している。ひらがなにしたりしてみましたが、もとにもどします。堂々と一巻に三個の水の文字。
しぜんにこのながれになった。しようがない。
ふっときづけば、水という字をだしていたのは、さばきのほかに、ホスト役のご夫妻なんですよ。
まさに水明かりの月の座の巻でした。

二十韻(にじゅういん)は全部で20句、おもて4句、うら6句、なお6句になう4です。二月一花あとはほぼ歌仙とおなじですが、月の定位置がとられていて、裏一句目と名残おもての五句目。しかしここでは、なお三句目に夏の月をだしました。発句がつきなみの月句(月次の月)でしたから、裏入ってすぐあがる月(今回は秋)には月ということばのない満月(望=もち)をつかっています。
連句辞典で今みてみたら、二十韻は「東明雅」先生の創案の形式でした。
おしゃべりがおおかったので、ちょうどいい長さでした。
花にきたとき、みんなが、そらんさんとおつしろさんにとっておこうよ。っていいました。

名残裏

水屋には白磁の器飾られて    らん
  ああ中年は焦げやすきかな   恭子
散る花を追うて明日へ近づきぬ  中山宙虫
  春・挙句             竹橋乙四郎


「水」が多いのは、潜在意識に未曾有の水被害があるからでしょう。
タイトルにも、先の津波が隠れています。
さかさ。
見てみ。

水無月 句に書くか 憎き津波

(春・挙句)
おとぎの国の五人の囃子

裏六句目。ぼんの暗幕の句。
一直を経てますますよくなりましたね。

ココすごく好きです。
 新聞の一面に載る死者の数 暗幕くぐり飛ぶよ折鶴
一首としても、ほら拡張高し。いや、格調高し。

せいこさん、ほんと、ぼんのあのオリハシ句、みごとなターンでしたね。
ところで、短句ばかりだったね。ぼん。たまたま。

さておつしろうのだしてくれた挙句です。

おとぎの国の五人の囃子

これよんだ連句人はみないっせいに、ええっつシサンやんか。とおもったろう。いやなリズムだと。
シサンというのは七七句の下の句が四三、この場合だと、ごにんの(四)はやし(三)。
では三四リズムにかえることはできるか、意味をかえずに。
五人囃子はほかにいいようがない。
ひな祭りの調度品、いいや、調度品ではなくて構成員。
おびなめびな。それからすぐ下の段には三人官女。つぎが五人囃子。ではその下は七人衛兵かな?ちがう。随臣がふたり、そのあいだに箪笥やお盆や鏡台などの調度品。
単にお囃子だけで五人林になれるだろうか。
お囃子、季語で検索すると、祭囃子がでます、祭は俳諧では夏の季語です。
季語ってのは集団の約束事の世界ですからね。
まつりは秋祭りも多いような気がしますけど。

とはてしなく季語談義がつづきそうなので。カット。

あくまでシサンにこだわる構えのかささぎどんは、一直案をかんがえてみました。

おとぎの国へ帰るお囃子

ああでもこれではお雛様の世界の季語ってすぐわからない人も多かろうか。
祭囃子が夏の季語、松囃子が新年の季語。
ではただのお囃子は?
そりばってんがっさいね(however)、おとぎの国って出てたら俳諧者には通じるでしょうもん。しかも花句のあとですぜ。わかれよ!ってなもんでしょが。苦笑。
かささぎはこうしたいのですが。
乙四郎さん、五人が必要でしょうか。
また、みなさま、なにかいい案などあればどうぞ。
↓「五人囃子がこわい」

音彦さんと5人の女たちの絵を思い浮かべて詠んだものなので五人囃子は捨て難し。

おとぎの国で五人お囃子

ではいかがなものか。

眺めていて、はたと気づいた。私が長年感じていた恐怖はどうやら、五人囃子に対してであった。能の太鼓、大鼓、小鼓、笛、謡を奏しながらも彼らは天皇、皇后への不測の事態に備えて刀を差し、目は笑っていない。油断なく周囲に注意を払っているように見えた。指を近づけようものならすかさず抜刀して切りかかる凄みを感じた。
 「そんな大げさな」と笑われる方、五人囃子を一度じっくりと眺めてみてください。(藤英樹)

「五人囃子が怖い!」のこの文章のおかげで、黒木すけよしという実在の人物につながることができました。
おかげで、リアルにつながりましたよ。
ほんとにどうもありがとうございました。

はい、わかりました。笑。

もうシサンやらよかとしまっしょ。
そのままいただきます。
ありがとうございました。

ようやく満尾しましたね。おめでとうございます。

長句・・・今度はぐぁんばります。

そうでした、黒木助能は笛の名手でもありましたね。「調」さんはどうしてるかな。
こんな所で繋がっていては、四の五のいえませんね。

それから、四三のリズムになることは意識していましたが、前に学習した時は、二五や四三のリズムは次が続きにくいのでダメという理解でしたので、挙句だとどういわれるだろう、と思って出してみたまでです。根っからの天の邪鬼だもんで。

二五・四三について(↓)

此処。久しぶりでよみかえしました。
れぎおんの春号用に出す作品がなくて。
これをだしていませんでしたので、だします。
音彦さんに留め書きをたのみました。

おまたせしました。
おくればせながら、二月五日に今年はじめての座をもちたいのですが。
日曜です。
みなさまのご都合をおきかせください。

平の清盛。
ここにかいている五人囃子と北面の武士とが似ていることにきづきました。
佐藤義清こと西行はかっこよかった。
きよもりはきよもりでおもしろかった。

ということでハッとおもいだした。
二月五日はしらべうたまるさんも公演会でしたね。
案内状をいただいたんだった。

2月5日は仕事です。悪しからず。

おつかれ様です。
私も2/5は長崎へです。すみません・・。

2/5>うたまるさん、御成功を祈ります。応援しています。

えめ男・大叔父の雅楽姿の写真が出てきました。いつか持参します。

えめさん、ぼんさん。二月五日はできませんね。
あと日曜が休みなのは、
未だ後半が不明なんですよ。休み予定表。人員が三人ほど不足の事態のままのりきろうとしているから、こんなんです。
今月はすごかった。
前半、二日しか休みがなく、後半に入って月末、一日置きの休みが続くパターン。ひどい。予定もなにも立てられない。
二月は二十日ころに連休をとりました。んが、良く考えたら平日だった!むすめの誕生日なものでつい。どうか日曜に休みがありますように。これは一種の賭けですね。すみません。運を天に任すのみ。

emeさん。樋口姓の星野のおぼうさんがいらしたことをふっと思い出しました。
じょうえんじ住職。ひぐちふかし師。
61歳だそうで、もしやえめおさんご存じではないでしょうか。
いつかたずねてみたいものです。昔の星野について色々とインタヴューしてみたいなあ。金山の話とかね。それから行空について。おなじ調一党の樋口一族かもしれませんよ。

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